• [2012済州・世界自然保全総会] 開催記念特別企画、「自然、人、そして済州」

    more
  • 9月6日から10日間にわたって、美しい自然が広がる韓国の島、済州島(チェジュド)で世界180あまりの国々から1100以上の団体が参加する「世界自然保全総会」が開かれます。この会議は国連のオブザーバー機関である国際自然保護連合(IUCN)が、4年に1度開いている環境分野の国際会議としては一番大きな規模の会議で、自然保護と環境政策の方向を議論します。世界的なリゾート、メキシコのカンクンも今回の「世界自然保全総会」の開催を希望したのですが、最終的な開催地は韓国の済州島に決まりました。なぜ、済州島だったのでしょうか。その答えを見つけるために済州島に行ってみましょう。

    どの季節に訪れても美しい自然を堪能することができる済州島。その美しさは世界的に認められていて、済州島はユネスコによって、人間と生物圏との均衡が取れている「生物圏保護区」、そして「世界自然遺産」、さらに地球活動を示す遺産を見ることができる自然公園という意味の「世界ジオパーク」の3つの分野の指定を受けています。この3つの分野の指定が同じ地区で受けられているのは世界で済州島だけです。



    地図で見ると横長の楕円形をした島、済州島の奥をのぞいて見ると、済州島が「世界自然保全総会」の開催地となった理由が分かります。島の北部、北済州郡(プクチェジュグン)朝天邑(チョチョンウプ)ソンフル2里という地域には、寄生火山とも呼ばれる側火山の一つ、「コムンオルム」があります。「オルム」とは側火山という意味の済州地方の方言です。済州島にはたくさんの「オルム」がありますが、「コムンオルム」はちょっと特別で、世界自然遺産に指定されているため、1日最大300人まで 、それも解説者同伴でないと入れません。

    地質新生代の第四紀。海中火山の噴火によって生まれた島、済州島。島の中心部にそびえる山、漢拏山(ハンラサン)や済州の海に浮かんだ小高い丘のような城山日出峰(ソンサン・イルチュルボン)など、現在とほぼ同じ島の地形は当時の噴火によって作られました。そしておよそ30万年前、火山島、済州は再び噴火しました。この噴火で「コムンオルム」は中のマグマをすべて吐き出し、形は残ったものの、中は空洞の状態になりました。「コムンオルム」から噴き出した溶岩は海岸まで流れていきました。噴火口から流れ出た溶岩は「オルム」の入り口にあたる溶岩峡谷まで流れたあと、「ペンディコル」の方に向かいました。「ペンディ」は済州方言で「広い野原」という意味です。広い野原にたどり着いた溶岩はいろんな方向に分かれて流れだしました。左に流れた溶岩は岩のように割れて凸凹の地形をつくりました。その上にいろんな種類の木やつる植物が生い茂って森となり、今では生態系の宝庫と呼ばれています。こんな森を済州では「コッチャワル」といいます。となりの地域、ソンフル里にある「椿の丘コッチャワル」も「コムンオルム」の溶岩から生まれた森です。一方、先ほどの広い野原から逆の方向、右に流れた溶岩はたくさんの溶岩洞窟を作りながら海岸にたどり着きました。世界自然遺産に指定されているペンディ窟、万丈窟(マンジャングル)、金寧窟(キムニョングル)などの溶岩洞窟を作り出したのも、ここ「コムンオルム」なのです。

    峡谷や溶岩洞窟、美しい森を残した溶岩は海岸に流れ着き、冷えて固まる過程で凝縮する過程で岩に入った柱のような割れ目のような 柱状節理を作り出しました。



    済州は古くから自然、なかでも大地と人が調和しながら生きてきました。風を防ぐ石の塀や人が暮らす家、島で生きていくのに欠かせないすべてを大地は惜しみなく済州の人たちに分け与えたのです。大地にあった3つの穴から3人の神が現れ、農耕と牧畜を始め、済州に命を宿したという済州の神話も、自然と人間が調和して生きていこうとする済州の思想に由来しています

    島という環境の影響で、済州の人たちは外部の人を受け入れるのになれていません。でも、一度共存関係が成立すると、簡単に見捨てたりしないのも、また済州の人たちです。この共存関係は人と人、そして人と自然の間にも成立します。自分だけではなく周りもいっしょに生きていく、自然も生きていく、この考えが済州の環境を支えてきたのではないでしょうか。



    人と人、そして人と自然が調和する島、済州。済州島に行くと、自然と共に生きていく、共存のための答えを見つけることができます。そして、これが世界自然保全総会の開催地に済州島が選ばれた理由なのです。