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文化

小説「外は夏」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2020-03-20

玄海灘に立つ虹

キム・エランの小説「外は夏」を紹介。昨年、日本でも翻訳出版された。ここ数年の間に日本で韓国の小説がたくさん翻訳出版されるようになった。キム・エランは「どきどき僕の人生」なども日本で翻訳出版されていて、韓国ではもちろん、日本でも人気の作家。「どきどき僕の人生」は映画にもなっている。カン・ドンウォン、ソン・ヘギョ主演の「世界で一番いとしい君へ」。


「外は夏」を翻訳した古川綾子さんは、キム・エランの「走れ、オヤジ殿」も翻訳。キム・エランの作品の魅力を、「差し出し方が好き。押し出すのでなく、香らせて、気付いてもらうスタイル」と話す。


「外は夏」は、七つの短編小説の作品集で、全体を貫くテーマは「喪失」。外は夏、ということは、逆に言えば、内側(私、あるいは私の内面)は、冬?なのかもしれない。おそらく、セウォル号の事故以後の韓国社会や韓国に暮らす個々人の喪失感のようなものが背景にある。東日本大震災を経験した日本の読者にも共感する部分があると思う。


特に印象に残ったのは、「立冬」と「風景の使い道」。

「立冬」は、幼い子どもを失った夫婦の喪失感が描かれていた。なんとか立ち直ろうと動き出す、でも簡単には立ち上がれない、という、もどかしいけど、そっと見守りたいような気持ちになる話だった。


周囲の冷たい言葉や態度に傷つく夫婦の「他の人には分からない(다른 사람들은 몰라)」という言葉が胸に刺さる。セウォル号の事故の被害者遺族、東日本大震災の津波や原発の被害者たちと重なるように感じた。分からないことを前提に、分かろうと努力するしかない、と思わされる。


「風景の使い道」は、映画を見ているような気分になった。時間も場所も行き来しながら、主人公をとりまく複数の出来事が絡み合っていく。主人公は、大学講師。私自身、大学の研究機関に身をおいているので、その微妙な人間関係などはちょっと身に覚えがある。苦笑いしながら読んだ。


パワハラ(パワーハラスメント)を、韓国語で갑질と言う。有名なのは、大韓航空のナッツ姫とか水かけ姫とか…。「風景の使い道」に出てくる教授も、主人公に対して度を越したパワハラをする。しかもその結果がまた理不尽で、でも世の中そんなものか、という虚無感も。


風景の使い道、というタイトルについては、冒頭で写真を撮る場面に出てくる。「良いことはあっという間に過ぎ去るし、そんな日はめったに来ないし、来たとしても見逃してしまいがち。つまりそういう瞬間と出会ったときはちゃんと記憶して、しっかり刻んでおかなきゃいけない」。ネガティブな表現ではあるが、要は、幸せな瞬間って幸せなことに気付きにくい、ということでもある。


主人公にとっての幸せだった瞬間、風景も鮮明に描写されている。大学の講師になった頃、「春は新緑が、秋はオレンジが美しかった」という風に。目の前に映像が浮かぶような小説だった。


普段は韓国の小説は基本的に韓国語で読むが、日本語訳が気になって今回両方読んでみた。とってもこなれていて、翻訳というのを忘れるぐらいなめらか。翻訳者の力量が上がってきたことも、翻訳本が売れる要因の一つのように思う。

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