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文化

映画「ペパーミント・キャンディー」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2020-05-01

玄海灘に立つ虹

〇今日は20年前の映画をご紹介。イ・チャンドン監督の「ペパーミント・キャンディー」。1999年の釜山国際映画祭開幕作で、2000年に劇場公開された作品。私が一番好きと言ってもいいぐらい好きな映画。


〇今年は光州事件(5・18)から40年。1980年5月18日に起こった事件で、光州市民の民主化を訴えるデモが軍によって暴力的に鎮圧された事件。最近では、ソン・ガンホ主演の「タクシー運転手」を通して知ったという方もいらっしゃるのでは。「ペパーミント・キャンディー」も、光州事件のトラウマを描いた映画。韓国のタイトルは、박하사탕、ハッカ飴。キャンディーと言うと甘い響きだが、そんな甘い映画ではない。


〇ソル・ギョング演じる主人公キム・ヨンホが、映画の冒頭で「나 다시 돌아갈래(もう一度戻りたい)」って叫んで自殺する場面が有名。79年から99年の20年間のキム・ヨンホの人生を描いているが、ヨンホが自殺する99年から始まって79年に遡っていく映画。ヨンホが戻りたかったのは、79年。


〇なぜ79年か。79年は光州事件の前年であり、初恋のユン・スニム(ムン・ソリ)と出会った年。事件さえなければ、スニムと幸せな人生を歩んだかもしれない。

イ・チャンドン監督のこの次の作品「オアシス」も、ソル・ギョングとムン・ソリが主演。私は実は2002年に韓国に留学した時に劇場で「オアシス」を見て衝撃を受けて、イ・チャンドン監督の前作「ペパーミント・キャンディー」に出会った。武田さんも先日インタビューした時に影響を受けた監督の一人にイ・チャンドン監督を挙げていた。


〇映画は、逆走する列車に乗って時間を遡っていく。遡った時がいつなのかは、それぞれ例えば「1994年夏」という風に年と季節が表示される。それが、一ヶ所だけ、「1980年5月」と、月まで表示される。それが光州事件であることは特に言及されなくても、韓国の人たちは1980年5月で分かってしまう。


〇ヨンホは、兵役中に光州事件に遭遇する。民主化運動を鎮圧する側の軍人の一人として、出動する。急な出動で、スニムが兵役中のヨンホに送ってくれたハッカ飴が床にこぼれ落ちる。拾う間もなく軍靴に踏みつけられる。象徴的なシーンだった。ここでヨンホの青春は終わることが暗示される。

ヨンホは出動した光州で、誤って女子学生を撃ち殺してしまう。これがトラウマとなってその後の人生を狂わせてしまう。ヨンホは光州事件の加害者であり、被害者。


〇ヨンホの人生を映画いているようで、79年から99年の韓国社会が凝縮された映画でもある。ヨンホは刑事になり、民主化運動の被疑者取り調べで拷問をする側となり、刑事をやめてからは事業をやるが、おそらく97年のIMF通貨危機で廃業している。この映画を見て、実は「IMFで自殺した」ように見える人にも、どんな人生があったか分からないと思った。ヨンホみたいに光州事件に遭遇して初恋の人をあきらめ、民主化運動の拷問も経験して、何が自殺の原因かなんて一言で言えない。


〇印象的なシーンはたくさんあるけど、最後の1979年のシーン。ヨンホもスニムも本当に初々しくて、だからこの後を知っている観客としては本当に切ない。ヨンホは「初めて来たところなのに、来たことがある気がする」と言って、99年の自殺の直前にそうしたように川辺に寝転がって涙を流す。これは、ヨンホには「光州事件に遭遇しなかったら」という未来はなく、遡ってきた線路をそのまま自殺に向かってまた進んでいくしかない運命を暗示しているようだった。


〇光州事件を描いた映画はたくさんあるが、血を流して死んでいく人がたくさん出てくる映画よりも、一人の、それも加害者ですら、こうやって人生を狂わせるというのが深く余韻の残る映画だった。まだ見てない、という方、ぜひ見てほしい。

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