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文化

小説「アーモンド」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2020-05-15

玄海灘に立つ虹

〇今回も、日本で話題となっている作品。ソン・ウォンピョンの小説「アーモンド」。2020年、今年の日本の本屋大賞翻訳小説部門で第一位となり、ますます注目を集めている。


〇タイトルのアーモンドって何だろうと思ったら、脳の扁桃体(へんとうたい)という神経細胞の集まりが、形がアーモンドに似ていることから来ている。主人公のユンジェは、そのアーモンドみたいな扁桃体が他の人よりも小さい。扁桃体は感情の形成にかかわる部位なので、それが小さいユンジェは、感情を感じない、特に恐怖心を感じないという特徴を持っている。


〇小説は冒頭、「その日は1人が負傷し、6人が死んだ。まずはお母さんとおばあちゃん……」という風に始まる。自分のお母さんとおばあちゃんが刺されるという殺人事件が目の前で起こっているのに、ユンジェは、いつものように無表情に眺めているだけ、という衝撃的な始まり。ユンジェはお母さんのお腹にいる時、つまり生まれる前にお父さんが事故で死んでいるので、この事件で家族をみんな失った、正確にはお母さんは植物状態なので生きてはいるが、独りぼっちになったようなもの。


〇その事件が15歳の誕生日。話はいったん事件以前のエピソードに遡る。そういう特徴を持って生まれたユンジェを母はなかなか受け入れられない。医師の診断で「感情表現不能症」と分かってからは、お母さんはユンジェに喜怒哀楽などの感情を覚えさせようとがんばる。一方のおばあちゃんは「かわいい怪物」と呼んでかわいがった。いずれにしても、母と祖母の愛を受けて育つ。正直、前半は何の話なのかな…と思いながら読んでいたが、後半たたみかけるように展開し、最後は涙が止まらなかった。ネタバレになるとおもしろくないので、気を付けて話す。


〇ざっくり言うと、母と祖母がいなくなった後、高校生のユンジェが何人かとの出会いを通して成長していく話。一方で、この小説を読みながら普段あまり考えたことのない「言葉」や「感情」について改めて考える、新鮮な経験でもあった。


〇ユンジェにとって一つの大きな出会いは、ゴニという友達。ゴニはユンジェと対照的に激しい性格で、最初はゴニがユンジェを執拗にいじめるが、徐々に仲良くなっていく。その過程で、ユンジェが、ユンジェの保護者的な役割のおじさんに「その子(ゴニ)についてもっと知りたいと思った」と話す。おじさんは「親しくなりたいってこと?」と聞くと、ユンジェは「親しくなりたいって具体的にどういうこと?」と聞き返す。おじさんは「一緒に何かを食べたり、考えを分かち合ったり。お金に関係なく互いのために時間を使う、親しいってそういうこと」と説明する。「親しい」ってどういうことかなんて考えたことなかったけど、そうか、そういうことかも、と。お金に関係なく、っていうのが、いい説明。


〇他にも、ユンジェが恋に落ちた時。相手はドラという女の子。恋をするのがどういうことか分からないユンジェは、何か身体が反応している様子を説明するのに「風が吹いて、枝が落ちた。ドラの髪が風に吹かれて僕の頬に当たって、その瞬間胸がギュッと苦しくなった」という風に話す。映画でも、よく恋に落ちる瞬間を風で表現する。恋する時はやっぱり脳じゃなくて、胸で感じるんだな、とか。感情って無意識的なものなので、普段分析することはないのが、ユンジェの言葉を通して改めて考えるのがおもしろかった。


〇著者のソン・ウォンピョンさんは映画監督でもある。短編映画をいくつか、シナリオを書いて演出している。この小説も映画化しても良さそうと思いながら読んだ。韓国映画ファンの中には、勝手にキャスティングまで考えて個人的に提案してくれた人も(笑)。まずは文字で、ユンジェの世界をぜひ楽しんでみてほしい。

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