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今日ご紹介する本は、ファン・ソギョンの小説「パリデギ-脱北少女の物語」です。ファン・ソギョンは韓国の著名な作家で、日本でもこの「パリデギ」を含めいくつかの作品が翻訳出版されています。「パリデギ」は韓国では2007年に出版され、ベストセラーとなりました。実は私が今通っている東国大学の教授に勧められて読んだんですが、ファン・ソギョンも東国大学の出身だそうです。という親近感も勝手に感じながら読みました。


ファン・ソギョンは1943年生まれの作家で、特筆すべきは、1989年に北朝鮮を訪れ、国家保安法違反で拘束されています。「パリデギ」は北朝鮮で生まれ育った少女パリの一代記です。パリは動物や死者の声を聞き取ることのできる不思議な力を持った少女で、北朝鮮から脱北、中国を経て英国・ロンドンへとたどり着きます。私は北朝鮮が舞台の小説は初めて読んだんですが、ファン・ソギョンが実際に訪れて見聞きしたことも小説に生かされているのかもしれません。

パリは7人姉妹の末っ子。親にしたら息子を産もうとしてがんばったけど、7人目も娘だったということで、がっかりだったんですね。親の愛情をたっぷり受けられるような環境ではなかったけども、それなりに大家族でにぎやかに暮らしていたのが、飢饉がきっかけでパリは中国へ脱北し、家族とばらばらになります。飢饉は実際にあった出来事で、1994年に始まった「苦難の行軍」と呼ばれる食糧難ですが、多くの餓死者が出たと言われています。私自身、1994年に小学生の時に初めて韓国へ旅行に行った時、その旅行中に北朝鮮の金日成主席が亡くなったのでよく覚えてるんですが、その年から北朝鮮では「苦難の行軍」が始まっていたんですよね。知識では知っていても具体的に想像したことがなかったのが、小説を通して初めて当時私と同じような年齢の北朝鮮の女の子が飢えを経験していたというのを実感しました。


脱北、中国での生活、そしてロンドンへ向かう船の中などはあまりにも辛いんですが、後半、ロンドンに着いてからやっと少しずつ人間らしい生活になっていきます。

パリは中国にいる間に足つぼマッサージを学び、ロンドンでもマッサージで仕事が軌道に乗ります。パリには特殊な能力があると言いましたが、マッサージを受けに来た人を見て、足を触っていると、その人の体のどこが悪いとかだけでなく、その人の過去まで見えるんですね。そのパリの能力を通して、読者としてはパリがロンドンで出会う人たちの過去を追体験することになります。


この小説、移民が一つのテーマで、パリがロンドンで出会うのは様々なルーツを持った人たちで、人種、宗教も多種多様です。パリ自身も脱北者という経歴ゆえ、マッサージでお金を稼いでも、密航の時の借金返済に消えたり、そして不法滞在なので取り締まりにおびえる生活というのも続きます。取り締まりを避けて知り合いの家に隠れる時、パリの心の中の言葉「なんで人は国境なんか作ったんだろう」というのが、心に残りました。パリは生きるだけで必死で、やっとロンドンにたどり着いたのに、英国人から見たら不法滞在で危険な人、英国から出ていってほしい人なんですよね。罪のない人を排除する国境って理不尽だなと感じました。が、一方で、助けてくれる人もいる。取り締まりを避けて避難していた先の男性と親しくなり、結婚し、大家族から独りぼっちになったパリが、再び家庭を築いていきます。


結婚後も一筋縄ではいかないのは、パリの夫はイスラム教徒なんですが、米国で9.11のテロが起きてイスラム教徒に対する風向きが変わり、それにまた巻き込まれていく。このように実際の出来事を背景にしながらパリを中心に移民の危うさが浮き彫りになります。ファン・ソギョンの経歴を見てみると、満州で生まれて、戦後平壌で過ごし、朝鮮戦争の前に南に来ているんですね。移民に対する関心、北朝鮮に対する関心は当然という気がします。背景の出来事が実話という重みも感じつつ、それでもたくましく生き抜く力も感じられる、そんな小説でした。

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