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文化

エッセイ「場面たち」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2022-01-20

玄海灘に立つ虹


本日ご紹介する本は、ソン・ソッキのエッセイ「場面たち(장면들)」です。著者のソン・ソッキは日本では知らない人も多いと思いますが、韓国ではとても有名なジャーナリストです。今年は3月に大統領選挙を控えているので、韓国の社会や政治について考えてみたいなと思ってこの本を選びました。昨年11月に出たエッセイですが、「場面たち」というタイトルになっているのは、場面#1、場面#2というふうに一つのテーマの中で場面を分けて、その時々どういう過程を経てニュースが報じられたのか、ソン・ソッキさんはどう考えたのかについて書かれています。


まず、ソン・ソッキさんについてですが、「JTBCの顔」と言ってもいいと思います。JTBCは中央日報系の放送局で、「梨泰院クラス」をはじめ日本でも人気のドラマもたくさん作っていますが、韓国では「ニュースルーム」などニュース番組も人気です。この「ニュースルーム」のメインアンカーとしてソン・ソッキさんは知られ、かつ報道担当社長も務めていました。「ニュースルーム」のアンカーは2013年から6年以上務めて、今は違うんですが、その間にセウォル号事故、朴槿恵大統領弾劾、#MeToo運動などの報道でJTBCが視聴者の信頼を集めるうえで大きな役割を果たしました。ソン・ソッキさんは2013年にJTBCに移る前はMBCに所属していて、MBC時代から「100分討論」などの番組で人気でした。言論界の影響力1位に毎年選ばれるほど、長年にわたって視聴者に支持されています。


本の内容ですが、2014年のセウォル号事故の時は私も当時朝日新聞記者で事故現場近くで取材しましたが、ソン・ソッキさんも現場近くから放送してたんですね。後になって明らかになりますが、当時は韓国政府が報道に介入して、自由に報じられない雰囲気がありました。そんな中でJTBCがおそらくあるがままの現場を報じて視聴者の信頼を得て、犠牲になった高校生が携帯で撮った動画や写真が遺族からJTBCに次々に送られるようになりました。船が傾きだしてから高校生たちの不安な様子、家族への遺言のようなものもありました。最初に送られてきた動画は、わざと静止画面に編集して報じたそうです。動画のままではあまりにも刺激的だったからで、刺激的なものは視聴率は伸びる可能性がありますが、遺族の心情にも寄り添う、そういうソン・ソッキさんのバランス感覚が伝わってきました。


セウォル号事故は朴槿恵政権への信頼が大きく傾くきっかけになりましたが、弾劾への直接的な引き金になったのは、「崔順実(チェ・スンシル)ゲート」と呼ばれる政治スキャンダルでした。崔順実という民間人女性に大統領の演説文など重要書類が送られ、朴槿恵大統領が指南を受けていたという疑惑については、JTBCがその証拠となるタブレットPCを入手してスクープしました。タブレットPCをどういう経緯で入手したのかなども書かれていますが、政権を揺るがすスクープなので、それだけJTBCやソン・ソッキさんに対する風当たりも強かったようです。

崔順実の娘、鄭(チョン)ユラの梨花女子大学不正入学疑惑が韓国の人たちの怒りを買った一つだったんですが、鄭ユラ逮捕を報じたのもJTBCでした。ドイツで逮捕されたんですが、この時、JTBCの記者が警察に鄭ユラの所在地を伝えたそうで、報道倫理的にどうなのかと批判を受けました。警察に伝えたのも記者、逮捕の様子を撮ったのも記者ということですよね。私もこれは非常に難しいなと思います。こんなふうに具体的な事例を通してジャーナリズムについて考える内容になっています。


何よりも私が「ニュースルーム」で印象に残っているのは、韓国の#MeTooの口火を切った、ソ・ジヒョン検事の告発でした。これは文在寅政権の2018年でした。ソ・ジヒョンという女性検事が検察内部で上司からの性暴力を告発し、「ニュースルーム」に出演して公にも被害の内容を語ったんですね。検察内部だけではもみ消される可能性もあるのを、すぐにテレビに出て語ったのは、本当に賢かったなと思います。ソ・ジヒョン検事が語ったのは、被害を受けてから8年間も自分に非があったのではと自分を責め続けたこと、自分がテレビに出て言いたかったのは、自分以外に同じ思いをしている人たちに「決してあなたは悪くない」と言いたかったからだ、ということでした。ソン・ソッキさんは、この言葉が#MeTooの起爆剤になったと書いていますが、私もその通りだと思います。


私自身はろうそく集会を経て朴槿恵大統領が弾劾され、その翌年に#MeToo運動が広がったのを韓国で経験し、市民の力で社会を動かすダイナミックな韓国を目の当たりにしました。そこにはソン・ソッキさんのような権力に屈しないジャーナリストの存在も非常に大きかったと改めて思います。今回の大統領選は、有力候補2人のうち李在明(イ・ジェミョン)候補が与党の共に民主党、尹錫悦(ユン・ソギョル)候補が野党の国民の力。弾劾を経て政権交代したのに、与野党接戦、さらに安哲秀(アン・チョルス)候補も支持を伸ばしていて、まだまだ行方は分かりませんが、2月初めに韓国に戻ったら、しっかり見届けて日本に伝えたいなと思います。

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