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文化

映画『次のソヒ』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2023-03-02

玄海灘に立つ虹


〇本日ご紹介する映画はチョン・ジュリ監督の『次のソヒ』です。韓国では2月に公開されたんですが、去年のカンヌ国際映画祭で上映されるなど、かなり前から話題になっていた作品で、私も公開を楽しみにしていました。主演は2人で、タイトルにもなっている高校生のソヒを演じたキム・シウン、そして刑事役のペ・ドゥナ。チョン・ジュリ監督とぺ・ドゥナのコンビは、『私の少女』という2014年の作品があって、この時もペ・ドゥナは刑事でした。昨年の是枝裕和監督の『ベイビー・ブローカー』、そしてドラマ『秘密の森』でも刑事役で、出世よりも事件の本質を追求するキャラクターという共通点がある気がします。


〇ソヒはダンス好きの元気な高校生で、高校からコールセンターに「現場実習」という形で働きにいきます。高校生の現場実習という言葉を聞くと、社会人になる前の職場見学くらいの軽いものを想像しますが、映画に出てくる現場実習は、高校生が経験するにはあまりにも不適切な内容でした。ソヒが通うことになったコールセンターはインターネットや携帯電話の解約受付が主な業務内容ですが、「いかに解約させず契約継続させるか」を目標にしています。「解約したい」と電話してくる顧客をあの手この手で契約継続に導くためのマニュアルが配られ、簡単に解約を受け入れると上司に怒られます。当然、電話の相手方はイライラして、相手が高校生とも知らず声を荒げますよね。さらに実習生という理由で正当な対価が支払われず、要するに「安く使える労働力」として高校生が搾取されているという問題でした。このおかしさをソヒはコールセンターの上司にも、学校の先生にも、親にも訴えようとしますが、誰もちゃんと受け止めてくれません。


〇実際の事件がモチーフになっていると聞くと、つらい内容ではあるのですが、ペ・ドゥナ演じる刑事の目を通して、なぜこんな悲劇が起こるのか、という社会問題としてちゃんと広げていたのが良かったと思います。

ポスターではペ・ドゥナがどーんと真ん中に写ってたんですが、前半はほとんど出てこなくて、「?」と思って見ていたら、前半はソヒが主人公、後半はペ・ドゥナ演じる刑事が主人公となっていました。高校生が不当な労働を強いられているという現実を見て見ぬふりする、あるいはそこに加担する大人たちにペ・ドゥナ演じる刑事が爆発するシーンがあるんですが、心底かっこいいと思いました。役を通り越して、この役を演じるペ・ドゥナという俳優に惚れ直しました。演技というよりも、この現実に本当に怒っているように感じました。


〇モチーフになった事件というのは、2017年に起きていて、現場実習生としてコールセンターで働いていた高校生が、うつと業務ストレスで自殺したという事件です。やはりソヒと同様、日常的に残業までさせられながら、正当な対価が支払われなかったようです。

高校生の現場実習が、この事件を経て何か改善されたのか分からないのですが、少なくともこの『次のソヒ』を見た教育関係者、あるいは現場実習の関係者は、二度と同じような犠牲者を出さないよう、真摯に受け止めてほしいと思います。


〇労働者の命や安全が軽視される問題は高校生だけでなく、昨年は、パン工場で20代の若い女性が機械に体が挟まれて亡くなるという痛ましい事故がありました。たくさんのチェーン店を展開している「パリバゲット」に納品している工場だったので、パリバゲット不買運動が広がるなど、一時期注目されましたが、そんな最中に梨泰院の事故が起きて、急にニュースの扱いが小さくなりました。いずれも若い命が奪われた深刻な事故なのですが、これは韓国に限ったことでなく日本でも、事件事故の発生時だけワーッと騒いで、次の教訓に生かされないということはよくあると思います。『次のソヒ』は、次のソヒ=これ以上の犠牲者を出さないためにどうすればいいのか、大人たちの無責任な態度を見ながら、考えさせる映画でした。日本でも公開されると聞いていますので、ぜひ、たくさんの人に見て、考えてもらいたいと思います。


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