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ライフスタイル

82歳の理容師、地元住民が開いた「引退式」

#ソウル・暮らしのおと l 2023-05-19

金曜ステーション

ⓒ Getty Images Bank先日こんなニュースを見ました。ニューヨークのブロードウェイで在米韓国人の方が39年間運営していたサンドイッチ屋さんが閉店。それを聞きつけたブロードウェイの俳優たちやスタッフが道端で送別会を開いたそうです。店の前で合唱してくれるお客さんたちに、韓国人オーナーは目をうるませていました。きっと、ニューヨークで苦労してお店を運営した日々を思い出し、感無量だったのでしょう。


そんな心温まるニュースが、ちょうど先週 、ソウルでもありました。

麻浦区望遠洞にある「イルフン理容店(일흥이발소)」。この5月13日、43年間の歴史に幕を下ろしました。ひとりで理容店を切り盛りしてきた82歳の理容師のパク・ジョンウンさんは、健康上の理由で引退することを決め、それを聞いた近所の住民や常連のお客さんたちが、手作りの引退式を開いたのです。


パク・ジョンウンさんは、幼いころに北韓から南へと渡り、全羅南道の光州に定着。しかし貧しさのため16歳でソウルに上京し、理容師として働きはじめました。その後、1981年に望遠洞に店を開いて以来、一途にお店を守ってきました。


お店は開店当時のままの姿で、 古い理容道具も大切に使われています。いまでも練炭でお湯を沸かして暖房にしていたというくらいですから、パクさんの倹約ぶりがうかがえます。もちろんカットのスタイルも変わらず、何十年と通っている常連のお客さんも多かったようです。


長く続いたお店が店じまいするのは珍しくありませんが、地域住民が引退式を開いてくれるなんて、なかなかないことです。しかもこの引退式は、望遠洞の青年会が一役買い、20~30代の若い人たちと、地域に長く住んでいる年配の人たちが一緒に集まったというのが目を引きました。


望遠洞は、若者の街・弘大エリアからも近いのですが、商業化された町とは違って、オリジナリティあふれる小さな個人経営店がたくさん集まっています。そのなかでも、古くから続いている店が多く、人情ある下町、という雰囲気が路地のあちこちに感じられます。

そんな望遠洞の一角で、小さな理容店のために集まった人々の手作りの引退式は、とてもあったかいものでした。パクさんの最後のヘアカット式を行ったり、長年使った相棒のハサミで感謝牌をつくって渡したり。四つ角をはさんで長い年月をともにした洗濯屋さんやケーキ屋さんは、パクさんの引退を心から惜しんでいました。


こんなに地域の人々から愛されたということから、パクさんの人柄が伺えるような気がしました。時代に流されず、質素に黙々と仕事をした職人、そして職業柄、お客さんとのお喋りに耳を傾け、ときには相談役にもなってくれた心の寄りどころのような存在だったのではないでしょうか。


幸いなことに、パクさんの店舗は、地域住民で元アナウンサーの女性が引き受けることになりました。6月からは人々が集える憩いの場として生まれ変わります。赤青白のサインポールもそのまま残るとのこと。


韓国の都心では、どこもかしこも開発の波に飲まれ、老舗の店がどんどん姿を消しています。時代の流れとともに仕方ないことかもしれませんが、そんな中で地域のつながりを見せてくれたパクさんの理容店、そして望遠洞の住民たちのエピソードに、心があたたかくなりました。

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