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ピープル

コムンゴ奏者、ホ・ユンジョン

2017-01-03

韓国の伝統音楽、国楽とジャズをクロスオーバーさせた音楽を披露しているフュージョン国楽バンド「ブラック・ストリング」。「ブラック・ストリング」の4人のメンバーは琴に似た弦楽器のコムンゴ、横笛の大笒(テグム)、鼓(つづみ)の一種のチャンゴ、エレキギターなどで一般的な国楽とは違う神秘的な音楽と魅力を作り出しています。中でも、6本の絃があり、左手で弦を押え、右手に持ったスルテという棒で弦を弾いて演奏するコムンゴは観客の目と耳をくぎづけにしています。

「ブラック・ストリング」でコムンゴを演奏しているのはリーダーの女性、ホ・ユンジョンさんです。1969年生まれ、今年48歳になるコムンゴ奏者、ホ・ユンジョンさんの人生に大きな影響を及ぼしたのは父親でした。小さい頃、ホ・ユンジョンさんは父親の勧めで伝統舞踊を習っていました。ところが、高校進学を前に、カラダが弱かった彼女をかわいそうに思ったのか父親は伝統楽器に専攻を変えてみてはどうかと勧めます。伝統舞踊の伴奏を自分で演奏するというところに興味をそそられたホ・ユンジョンさんは国楽高校へ進学し、伝統楽器のうち、コムンゴを専攻しました。



1990年、大学を卒業したホ・ユンジョンさんはソウル市国楽管弦楽団に入団し、副首席奏者を歴任し、コムンゴ奏者として活動していましたが、4年後、独立を宣言します。彼女が独立を決心した理由は、管弦楽の枠の中では、コムンゴならではの特徴が充分に活かせられないと感じたからです。管弦楽は各楽器のバランスが大事なので、コムンゴ特有の力強さ、時折聞こえる打楽器的な特徴、太い弦と細い弦が奏でる変化に富んだ音を押さえなければなりませんでした。コムンゴ特有の魅力をもっと、そのまま伝えたいと考え、ソリストとして活動しようと決心したのです。

1998年、最初の独奏会を開いたホ・ユンジョンさんは伝統を守る一方で、伝統音楽を応用した新しい試みを続けていきました。2007年、ホ・ユンジョンさんの努力が実り、コムンゴの独奏と自作曲を盛り込んだファーストアルバム「7つの視線」をリリースします。アルバムを発表して間もなく、ホ・ユンジョンさんはアメリカやアジアのアーティストを支援しているロックフェラー財団のレジデンス・アーティストに選定されました。創作活動のための支援金だけではなく海外のアーティストと作業する機会を得ることができたのです。彼女にとってアメリカでの活動はコムンゴをはじめ、韓国の伝統音楽が世界に通じるか、未来にも生き残ることができるか、その可能性を確認できた貴重な時間となりました。長い時間をかけてホ・ユンジョンさんが出した結論は、韓国の伝統音楽は世界の文化に寄与できる可能性を秘めた音楽だということでした。その伝統を守る一方で、新しい変化を試みることも大事だという考えも強くなりました。

ロックフェラー財団のレジデンス・アーティストとして活動していた時期、ホ・ユンジョンさんはほかの韓国人音楽家と意気投合して4人組のチーム「トリ・アンサンブル」を結成しました。ワールドミュージック・エキスポやワールドミュージック・フェスティバルに参加するなど、活発に活動していました。その後2010年、中国の琵琶、日本の三味線奏者と新しいチームを組んで活動していたホ・ユンジョンさん。2013年には、現在のフュージョン国楽バンド「ブラック・ストリング」を結成しました。「ブラック・ストリング」のコンセプトは
ジャズと韓国の伝統音楽の融合でした。ジャズはあらゆるジャンルの音楽を抱き込み、調和させることができる音楽で、そんなジャズに伝統音楽をクロスオーバーさせることで、これまでにない、新しい音楽を作り出せると考えたのです。フュージョン国楽バンド「ブラック・ストリング」の音楽は海外でも高く評価され、2016年にはドイツで「マスク・ダンス」というアルバムを発表しています。

今年もニューヨークで開かれるウィンター・ジャズフェスティバルをはじめ、ワシントンやマイアミ、ヨーロッパでの公演を予定している「ブラック・ストリング」。「ブラック・ストリング」の人気の裏には韓国の伝統音楽、国楽が持つ無限の可能性を信じ、破格の試みを続けてきたコムンゴ奏者、ホ・ユンジョンさんの努力があるのです。

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