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ピープル

パンソリのソリクン、パク・エリ

2017-01-24

独特な発声で歌うソリクンと太鼓で拍子を取る鼓手が歌と語りで物語をつづっていく韓国の伝統芸能、パンソリ。1977年生まれ、今年40歳になるパク・エリさんは、パンソリの歌い手=ソリクンです。一人のソリクンがさまざまな登場人物を演じ、物語を進めていくパンソリ。韓国を代表するソリクンの一人、パク・エリさんも声や小さな動きの変化だけでさまざまな人物を演じ、そんな彼女の歌と語りに観客はパンソリの世界、その魅力に引き込まれます。

パンソリのソリクン、パク・エリさんは韓国の南部、全羅南道(チョルラナムド)木浦(モクポ)で生まれ育ちました。中学生の頃からパンソリのソリクンとして注目され、さまざまなコンクールで入賞してきたパク・エリさんがパンソリの世界に足を踏み入れたのは9歳の時でした。9歳のある日、母親に連れられて木浦市立国楽院を訪れたパク・エリさんは初めて聴くパンソリに彼女は涙をこぼしました。なぜ泣いているのか訊いた母親にパク・エリさんはパンソリを歌いたいと答えました。その話を聞いていたパンソリの先生に勧められ、その日初めて聞いたパンソリを真似て歌ったパク・エリさんの声は哀愁を帯びていて、パンソリにぴったりでした。まだ9歳の子どもでしたが、この時、パク・エリさんはパンソリは自分の運命だと感じました。



生まれ持った才能と努力の積み重ねで一人前のソリクンとして実力を認められていったある日、パク・エリさんに大きな試練が訪れました。大学3年生の時、喉がかれて声が出なくなってしまったのです。毎日6、7時間ほど歌っているとしばらく声が出なくなることはよくあることで、その繰り返しでパンソリ特有の魅力的な声を出せるようになるのですが、この時ばかりは時間が経っても思ったように声が出せませんでした。太い声から澄んだ声、低い音から高い音まで声を自在に操っていたパク・エリさんはショックを受け、あせりを感じました。そして、声の変化を悟られまいといっそう稽古に励みました。そんなある日、パンソリの大家から「こんな時は無理して歌わず、1、2ヶ月ほど休むのも良い」というアドバイスを受けました。1ヶ月後に国立唱劇団のオーディションを控えていた時でした。ソリクンとしての将来を左右する大事なオーディションでした。しかし、パンソリを歌い続けていくためにパク・エリさんはこの日から1ヶ月間、一度も歌わず喉を休めることにしたのです。幸いなことに1ヶ月後、パク・エリさんは自分の声を取り戻し、国立唱劇団のオーディションに見事、合格します。

1999年、国立唱劇団の新入団員となったパク・エリさん。西洋のオペラのようにパンソリで進められる演劇、唱劇で新入団員は舞台の裏で歌う合唱団の一員として参加します。しかし、抜群の実力を持っていたパク・エリさんは新入団員だったにもかかわらず、エキストラの一人に抜擢され舞台に上りました。パク・エリさんはどんなに小さな役でもおろそかにすることなく、全力を尽くして歌い、演じていきました。そんな彼女の努力は認められ、入団1年半にして主役をまかせられるようになります。

2015年、国立唱劇団を出るまで、千回あまりの公演で最高のパンソリを披露してきたパク・エリさん。唱劇団を出てからは伝統的なパンソリだけではなく、さまざまなジャンルのアーティストと手を組んで国楽の大衆化にも努めています。初心者にもパンソリの面白さを共有してもらえるようパンソリにパントマイムをクロスオーバーさせたマイム・パンソリ、10代の若者にも国楽の魅力をアピールするための歌謡曲やストリートダンスとのコラボ舞台も披露しています。

韓国の伝統音楽に対する誇りと情熱、そしてその伝統をより多くの人と分かち合うための変化と挑戦、パンソリのソリクン、パク・エリさんは2つの目標に向かって着実に歩み続けています。そして、40歳になる2017年も、パク・エリさんは一人前のソリクンとしてパンソリの伝統を守り、弟子を育てていくため、また、より多くの人にその魅力を伝えていくために前進し続けています。

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