10月20日は、1998年、当時の金大中政権が日本の大衆文化の段階的開放措置に踏み切ってからちょうど20年目に当たります。
1998年10月20日、今の文化体育観光部の前身である文化観光部が、日本の大衆文化の段階的開放方針を決めて発表しました。
韓国では、日本による植民地支配の歴史から、解放後、日本の大衆文化を法令で規制していたため、海賊版で流通していた日本の映画や漫画などが
それ以来、公共機関である映像物等級委員会の正式な審議を経て、一般に公開されることになりました。
日本との関係改善を目指していた当時の金大中大統領が、鎖国のままでは文化は発展しないという信念で世論の反対を押し切って日本の大衆文化受け入れ措置に踏み切ったもので、2004年1月にかけて4回にわたって映画やアニメ、ゲームなどが順次開放されました。
しかし、地上波放送での日本のドラマの放映や日本の音楽CDのラジオ放送は、依然として禁じられたままになっています。