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核問題一般

  • 北韓が秘密裏に核兵器開発計画を進めたことを指す。
    北韓は1990年代前半にも核兵器開発疑惑が持ち上がり(第1次核危機)、アメリカと1年あまりにわたって交渉を進めた結果、1994年、北韓が核兵器の開発を放棄する代わりにアメリカが軽水炉を提供してエネルギー問題を解決するという内容の「ジュネーブ合意」を締結して問題は一段落した。

    しかし、北韓は秘密裏に核兵器開発を進め、これがアメリカに探知されて再び核疑惑が表面化したのがいわゆる第2次核危機だ。この問題は2002年10月、ケリー米国務省次官補が平壌を訪問して、北韓の関係者と会談した際に疑惑を追求したところ、北韓が事実を認めたことで表面化した。北韓は軽水炉の建設を先延ばしするなど、アメリカが先にジュネーブ合意を破ったと主張しているのに対して、アメリカは北韓がジュネーブ合意以後も密かに核兵器を開発していたという事実を問題にしている。
  • 体制安全の保障が第1の理由だ。北韓はアメリカを恐れている。アメリカは北韓をテロ支援国に指定して経済制裁を加えてきた。北韓を警戒しているからだ。北韓はこうした状況の下で、アプガニスタン戦争やイラク戦争などを目撃し、次は北韓が攻撃対象になる可能性もあると考えた。北韓は核兵器を保有することによって、アメリカが軍事行動に出ることができないようにするため、核兵器の開発に執着しているのだ。また、核兵器開発計画はアメリカとの交渉で北韓の立場を強化することにつながるためだ。北韓が望んでいる体制安全の保障は、アメリカとの関係改善が先決条件だ。核兵器を開発することで、アメリカが北韓との関係を改善する必要性を感じるようにするのが北韓の狙いだ。

    すなわち北韓にとっては核兵器開発がアメリカが北韓との対話に応じるようにする效果的な方法であり、安全装置でもある。北韓は交渉の過程で体制安全度の保障を引き出し、さまざまな支援など、経済的利益も得ることができると考えている。このため北韓は核計画を国の核心戦略として取り組んでいると言ってもいいだろう。
  • 第1の理由は核拡散防止、2番目の理由は北韓の核兵器保有がアメリカの安全保障を脅かす要因になるからだ。
    最近になって核拡散防止は大量破壊兵器拡散防止の概念に発展した。9・11テロ以来、アメリカにとってテロとの戦いが最優先の課題となり、その過程で大量破壊兵器(WMD、Weapons of Mass Destruction)の拡散防止がアメリカの国家的戦略目標になった。核兵器や化学兵器などがテロ勢力の手に入る場合、その被害は想像を絶するものになる。したがってテロ支援国に分類されている北韓が核兵器を保有することは、アメリカとしては容認することができない安全保障への深刻な脅威になるという認識を持つようになった。そのうえ、北韓がミサイルの射程距離を伸ばす一方で、ミサイルに核弾頭を搭載できる能力を伸ばしているため、アメリカとして見過ごせない事態に発展した。
  • 1993年に北韓が核兵器を開発したという疑惑が表面化し、北韓は核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言した。 米朝間の緊張感が高まり、1994年6月には戦争ぼっ発の可能性まで出てきたが、1994年10月にアメリカと北韓の交渉でジュネーブ合意が締結され、問題は一段落した。

    北韓は1992年1月に国際原子力機関(IAEA)の核安全措置協定に署名した。その後、IAEAが6回の査察を行った結果、核兵器製造用のプルトニウムが数キロ抽出されたものと推定された。当初、北韓がIAEAに申告した抽出量90グラムと大きな差があった。そのためIAEAは特別査察を要求したが、北韓はこの要求を拒否し、NPT脱退を宣言した。

    この問題をめぐって1年近く交渉が続けられたが合意に達することはできなかった。 1994年年6月には戦争の危機にまで至ったが、アメリカのカーター元大統領が北韓を訪問して金日成と会談し、米朝間の交渉を再開することで合意、事態を打開するための土台を作った。その後、米朝間の交渉が続き、1994年10月にジュネーブでガルーチ米核担当大使と姜錫柱(カン・ソクチュ)北韓外務省第1副部長は、北韓に軽水炉を建設し、重油を提供する代わりに、北韓は核活動を凍結するというジュネーブ合意を締結して事態は収拾された。
  • 1993年、北韓が核拡散防止条約(NPT)脱退を宣言して始まったいわゆる第1次核危機を解決するためのアメリカと北韓による合意。1994年10月21日、ガルーチ米核担当大使と北韓の姜錫柱(カン・ソクチュ)外務省第1副部長がジュネーブで締結した。北韓が核活動を凍結する代わりにアメリカは北韓に対して軽水炉を提供するのが主な内容。ジュネーブ合意'は一次的には北韓の核活動を凍結することが核心だが、そのためにアメリカと北韓の包括的関係の基本的枠組みを規定している。

    主な内容は次の通り。

    ① 軽水炉の提供…アメリカは2003年を目標に200万キロワットの軽水炉発電所を北韓に提供し、軽水炉発電所の1号機が完成するまでの間、暖房と発電用の重油を毎年50万トンずつ提供する。その代わり北韓は黒鉛減速炉と関連施設(寧辺の核施設)を凍結し、軽水炉発電所が最終的に完成すればこれを解体する。

    ② 米朝政治経済関係の正常化…合意文に署名してから3カ月以内に通信と金融取り引きを含む貿易と投資の障壁を緩和する。また相手の首都に連絡事務所を開設し、進展状況によって大使級に格上げする。

    ③ 韓半島の非核化と平和…アメリカは北韓に対して核兵器を使用せず、北韓を攻撃せず、一方、北韓は韓半島非核化についての南北共同宣言を履行するための措置を取る。

    ④ 核拡散防止条約(NPT)体制強化のための協力…北韓はNPTに残り、核安全協定を履行して、「軽水炉供給協定」に署名した後、直ちに核施設に対するIAEAの査擦を受け入れる。

    ジュネーブ合意にもとづいて韓半島エネルギー開発機構(KEDO)が設置され、北韓の錦湖地区に軽水炉建設のための工事が始まった。
    しかし、ケリー米国務省東アジア太平洋次官補が2003年に北韓を訪問、北韓の核兵器開発疑惑を追及し、北韓がこれを認めて、ジュネーブ合意は事実上破棄された。
    アメリカは、北韓が「ジュネーブ合意」に反して核兵器の開発を続けてきたので、合意を破棄したのは北韓だと主張し、北韓は軽水炉の建設が遅れて2003年までに軽水炉を提供するという約束が守られなかったので、北韓は年間200万キロワットの電力の損失を被ったとして、合意を破棄したのはアメリカだと主張した。その結果、いわゆる第2次核危機が表面化した。
  • 北韓の原子力研究の中心基地だと言える。
    原子力研究センターがあり、1986年には原子力発電所を稼動した。北韓の核問題について論議されるとき、最も頻繁に取り上げられる寧辺の5000キロワット(5メガワット)原子炉は、黒鉛減速炉方式であり、天然ウランを原料として使用する。
    この原子炉は核兵器の製造に転用できるプルトニウムの抽出が容易なのが特徴だ。このため寧辺の核施設はジュネーブ合意で凍結の対象となった。凍結の対象となったのは5000キロワット原子炉のほか、建設中だった5万キロワット(50メガワット)と20万キロワット(200メガワット)原子炉、再処理施設、核燃料工場などだ。
  • ジュネーブ合意にもとづいて北韓が黒鉛減速炉2基を凍結し、その見返りとしてアメリカが提供することにした軽水炉2基を建設するために、1995年3月10日に発足した国際企業体。本部はアメリカのニューヨーク。参加国は韓国、アメリカ、日本、イギリス、オーストラリア、カナダ、ブルネイ、クウェート、サウジアラビア、ベルギー、フィリピン、タイ、イタリア、マレーシア、シンガポール、ニュージーランド、ドイツ。総会は執行委員会(韓国、アメリカ、日本で構成、全会一致制度)、事務局(アメリカ人の事務総長1人、韓国人と日本人の副事務総長各1人)で構成。
    軽水炉の技術と法律のためにアメリカの民間企業も参加。基本的な目的は軽水炉の提供だが、代替エネルギー(重油)の提供、核燃料棒の処理、既存の核施設の解体なども担当する。軽水炉の建設が完了すれば解散することになっている。

    1997年8月19日に北韓の咸鏡南道新浦で軽水炉建設のための敷地造成工事に着工、韓国電力公社が中心となって建設が進められたが、第2次核危機が発生して、工事は中断した。
  • 北韓が核開発計画を認め、その結果、ジュネーブ合意は破棄され、北韓の核問題は再び原点に戻った。北韓が核兵器を開発しているという疑惑はかねてから提起されてきた。地下の核施設だと疑われていた金倉里は、アメリカの査察団によって核施設ではないことが判明したが、2002年10月、アメリカのケリー国務省アジア太平洋担当次官補が平壌を訪問した際、核兵器開発疑惑を追及した結果、結局、北韓が核兵器開発を認め、再び北韓の核問題が表面化した。韓半島エネルギー開発機構が北韓への重油提供を中断すると、北韓は核燃料棒を取り出すなど、事態が悪化した末に、北韓が核拡散防止条約からの脱退を宣言(2003.1.10)し、核危機が本格化した。

    問題を解決するために南北韓とアメリカ、日本、中国、ロシアによる6カ国協議という枠組みによる解決という方法が考案され、2003年8月27日から29日まで、北京で第1回協議が開かれた。6カ国協議はその後、中断と再開を繰り返している。

  • 第2次核危機を解決するために考案された多国間による対話の枠組み。
    第1次核危機の際はアメリカと北韓の2国間の協議によって問題解決をはかった。北韓はアメリカとの2国間対話を主張したが、アメリカは、ジュネーブ合意にもとづいて軽水炉の建設が進められていたにもかかわらず、核兵器の開発を進めた北韓を信頼できないとして、2国間対話を拒んだ。アメリカと北韓に、さらに4カ国が加わることで信頼性を高めることが目的だったが、2国間の対話より集中力に欠け、具体的な解決策を引き出せないという批判もある。首席代表は各国の次官補級が務め、局長級の次席代表による作業部会で具体的な内容が論議されている。