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小説「黒山」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2021-06-18

玄海灘に立つ虹


今日ご紹介する本は、金薫(キム・フン)の小説「黒山」です。前回、映画「玆山魚譜」を紹介しましたが、その背景の部分が描かれている小説です。玆山魚譜は、チョン・ヤクチョンが流刑地の黒山島で書いた魚類に関する書物ですが、その流刑地、黒山がタイトルの小説。小説の中でも玆山魚譜に関する部分は出てきますが、なぜチョン・ヤクチョンが島流しにあったのか、という時代背景について見ていきたいと思います。


映画にも出てきますが、チョン・ヤクチョンは弟のチョン・ヤギョンと共に島流しにあいますが、行き先は別々、そしてもう一人の弟チョン・ヤクチョン、これは日本語では同じカタカナになってしまいますが、兄が약전、弟が약종です。弟のヤクチョンは島流しでなく、処刑されます。これはカトリック教徒に対する弾圧なんですね。時代は1800年前後。当時はカトリックを邪学(サハク)と呼んで、取り締まりました。このカトリック弾圧について描いた小説です。日本でも遠藤周作の小説「沈黙」が江戸時代のキリシタン弾圧を描いた小説として有名ですよね。


作家のキム・フンは韓国で人気の小説家で、代表作の「孤将(칼의 노래)」は、日本でも翻訳出版されています。「黒山」は韓国では2011年に出版され、これも日本でも翻訳出版されています。私は韓国語で読んだんですが、かなり難しい表現、言葉が多くて、翻訳した戸田郁子さんすごいなと、尊敬しますが、私が「黒山」を読んでいると言うと、韓国人の知人が韓国語のテキストとして素晴らしいって言ったんですね。難しいけども、がんばって読んでみました。キム・フンさんは新聞記者出身で、流刑地の黒山島も小説として書くうえで現地を取材したそうです。


チョン兄弟のほか、兄弟の親戚にあたるファン・サヨンも主人公の一人として登場しますが、ファン・サヨンもまた処刑されます。歴史的にはカトリック弾圧に関してファン・サヨンがよく知られていますが、これは弾圧について告発する密書、ファン・サヨン白書を書いたからですね。

小説「黒山」の中で印象的だったのは、チョン・ヤクチョンの玆山魚譜執筆に協力する若者、チャンデとの出会いのシーンで、ヤクチョンはチャンデがファン・サヨンと似ていると感じたんですね。 それに続いて「チョン・ヤクチョンはファン・サヨンの逮捕後のことを知らないまま黒山に来たが、生きてはいられなかっただろうと思っていた」と書かれています。こんな風に、弾圧について生々しい拷問を描くよりは、静かにその傷の深さを感じさせる文章が印象的でした。


1800年代と言えば、日本でも江戸時代から明治維新へと大きく変わっていく時代ですが、朝鮮でも海外からの影響力というのが増してくる時代ですよね。カトリック弾圧もその一環だったと思います。外からのものが怖い、大きな勢力になるのが怖い、という保守的な態度が朝鮮時代後半の混乱を生んでいくきっかけだったように思います。


チョン・ヤクチョン、ファン・サヨンが中心ですが、それ以外の弾圧を受けたたくさんの人が登場します。小説ではありますが、「邪学罪人」とされた人たちの記録や研究をもとに小説を書いているので、一人一人がリアリティーあるキャラクターとして感じられました。


小説を読んで映画「玆山魚譜」を見ると、チョン・ヤクチョンを演じたソル・ギョングの表情に深みが感じられて、玆山魚譜の執筆にいそしんでいる姿まで、そこに至った経緯を知ることで感じ方も変わってきました。日本での映画公開はまだ先だと思うので、ぜひ、映画を見る前に「黒山」を読んでみてほしいなと思います。

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