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文化

小説「JR上野駅公園口」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2021-01-22

玄海灘に立つ虹

ⓒ YONHAP News

〇本日ご紹介するのは、柳美里の小説「JR上野駅公園口」です。これは韓国の小説ではなく、日本の小説なんですが、リスナーの方からリクエストをいただいたのもあり、全米図書賞を受賞したことで話題にもなっているので、ご紹介しようと思います。リクエストありがとうございました。


〇まずは柳美里さんについて、とっても有名ですが、改めて説明すると、在日韓国人の作家で、1997年に「家族シネマ」で芥川賞を受賞しました。今回の「JR上野駅公園口」は、在日とか韓国とは特に関連のない作品なのですが、ご本人が「居場所がない人に寄り添う物語を書きたい。それはデビューから一貫している」と言っている通り、在日としての自身の経験を通した視点というのは持ち続けている作家だと思います。


〇皆さんは、上野と言うと、どんなイメージを持っていますか? 私は大阪の出身なので、あんまり詳しくは知らなくて、桜のお花見とか、動物園、美術館博物館など、どちらかというと明るいイメージだったんですが、「JR上野駅公園口」は、その明るさの裏側を照らす小説でした。


〇「JR上野駅公園口」は、2020年の全米図書賞を受賞したことで知られますが、実は2014年に出版された小説なんですね。東京オリンピックを意識した内容なんですが、執筆時にはまさか東京オリンピックがコロナで延期となるなんて、まったく想像できなかったですよね。小説のあとがきで、「多くの人々が希望のレンズを通して6年後のオリンピックを見ているからこそ、わたしはそのレンズではピントが合わないものを見てしまいます」と書いています。


〇主人公は、上野公園で暮らすホームレスの男性「カズさん」です。もの心ついた頃には戦争中だったというカズさんが、結婚して子どもが生まれたり、東京に出稼ぎに出たり、ホームレスになるまで、なってからの話が周りで起こった出来事と共につづられています。特に印象的なのは、ホームレスの暮らしぶりが非常に詳しく描写されている点です。相当取材を重ねたんだなというのが伝わってきました。例えば、お金の稼ぎ方。駅のゴミ箱で拾ってきた雑誌を古本屋に売るとか、アルミ缶を拾ってリサイクル業者に持っていって売るとか。アルミ缶が1個2円で、千円稼ぐには500個必要とか、そのディテールに驚かされました。


〇柳美里さんがこの小説を書いたのは、「山狩り」を取材したのがきっかけだったようです。私もこの小説を読んで初めて知りましたが、「山狩り」というのは、皇室関係者が上野の美術館や博物館などを訪れる際、一時的にホームレスが公園から退去させられることだそうです。「特別清掃」というのが正式名称のようです。小説の中では、東京都はオリンピックを機に上野公園からホームレスを追い出そうとしていると、書かれています。考えてみると、私の大阪の実家近くに長居公園があるんですが、ここもかつてホームレスがたくさんいたのに、2002年のワールドカップの頃からいなくなったんですね。今さらですが、どこに行ったのかなと、ぼんやり考えました。


〇主人公のカズさんは福島県相馬の出身です。実際、上野公園のホームレスは東北出身者が多いのだそうです。相馬と言えば東日本大震災の津波被害が大きかった地域ですが、小説の中には震災も登場します。私も震災の翌年に相馬に取材に行ったので、思い入れがあるんですが、柳美里さんは、震災後に南相馬のラジオに継続的に出演して、たくさんの南相馬の人たちと話をしてきたんですね。それが小説に生かされています。今は南相馬に引っ越して、本屋を営んでいます。


〇今年3月、東日本大震災から10年です。震災、オリンピック、皇室…ばらばらの話のようで地続きの話だというのを感じる、そんな小説でした。全米図書賞がきっかけで読みましたが、「JR上野駅公園口」は連作「山手線シリーズ」の1作だそうで、他の作品も読んでみたいなと思います。

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