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文化

小説「順伊おばさん」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2021-10-15

玄海灘に立つ虹


今日ご紹介する本は、玄基栄(ヒョン・ギヨン)の小説「順伊(スニ)おばさん」です。韓国の原題は순이삼촌。サムチョンは標準語ではおじさんを指しますが、済州島では男女性別問わず年上の親戚を指すんだそうです。スニさんは女性なので、日本のタイトルはスニおばさんになっています。日本でもだいぶ前に翻訳出版されていますが、韓国で最初に発表されたのは1978年。済州4・3事件についての小説です。済州4・3事件についてよく知らないという人も多いと思うので簡単に説明すると、朝鮮半島が南北二つに分かれる直前の1948年、済州島で起きた虐殺事件です。1948年4月3日を起点にして4・3事件と呼びますが、実質的にはそれ以前から始まっていて、54年まで続きました。きっかけは朝鮮半島の南側だけでの単独選挙に反対した島民らが武装蜂起したことでしたが、軍や警察の鎮圧過程で多くの島民が犠牲になりました。犠牲者数は公式に認められただけでも1万4千人を超え、実際には数万人とも言われています。


なぜ今「スニおばさん」かと言うと、先日DMZ国際ドキュメンタリー映画祭でヤン・ヨンヒ監督の「スープとイデオロギー」という映画が最高賞を受賞しました。ヤン・ヨンヒ監督といえば「ディア・ピョンヤン」「かぞくのくに」などで知られる在日コリアンの監督ですが、今回の「スープとイデオロギー」は監督のお母さんの話であり、済州4・3事件の話。というのは、お母さんが4・3事件を直接体験しているんですね。「スープとイデオロギー」は日本で来年公開なんですが、その前に読んでほしい本として、韓国で4・3事件にまつわる小説としてよく知られている「スニおばさん」を紹介しようと思いました。


著者のヒョン・ギヨンさんは1941年生まれ、済州島出身です。「スニおばさん」の主人公も済州島出身の男性で、ソウルに暮らしています。主人公の男性は8年ぶりに故郷の済州島に戻って、スニおばさんが自殺したことを知ります。なぜ自殺に至ったのか、というのをたどれば、4・3事件にいきつきます。

この小説が発表されたのが4・3事件から30年のタイミングですが、小説「スニおばさん」の中の現在も事件から30年後。スニおばさんは事件から30年後に自殺したということです。主人公がスニおばさんの自殺に衝撃を受けるのは、その少し前までソウルで一緒に暮らしていたんですね。主人公は結婚して子どももいるんですが、妻が仕事で忙しいのでスニおばさんに家事を手伝ってもらっていました。ところが、スニおばさんと妻が些細なことでけんかになる。原因を探るとスニおばさんが精神疾患だということが分かります。事件のトラウマで被害妄想などの症状が出るのですが、結局、ソウルから済州島に戻ってしばらくして自殺してしまいました。


大阪には在日コリアンが多いですが、その中で4・3事件から逃れて来た人たちに話を聞いたことがあります。「スニおばさん」の主人公のお父さんも日本へ逃れたという話が出てきます。小説「スニおばさん」は韓国で初めて4・3事件について書いた小説と言われていますが、実はこの「スニおばさん」を日本語に訳した金石範さんは在日コリアンの作家で「鴉の死」「火山島」など、韓国で「スニおばさん」が出る前から日本で4・3事件にまつわる小説を書いていました。日本は安全だったので書けたんですが、軍事政権下の韓国では4・3事件はタブーでした。ヒョン・ギヨンさんは危険を冒して小説を書き、結局逮捕され、拷問を受けました。


「スニおばさん」の中にはスニおばさんの話だけでなく主人公の見聞きした4・3事件にまつわる話も出てきますが、4・3事件が続いている中で1950年に朝鮮戦争が勃発し、島民の中には自ら志願して入隊する人が多かったとありました。というのは、済州島にいても危険で、むしろ北朝鮮と戦って、自分は「アカ(共産主義者)」じゃないというのを証明しようとしたんですね。アカじゃないのにアカだと決めつけられ、無差別に虐殺された島民が多かったようです。虐殺の描写も生々しく、スニおばさんが30年もトラウマを抱え自殺したのも特別なことじゃないように思えました。


以前、ハンガンの小説「少年が来る」を紹介しましたが、ハンガンの新作小説「작별하지 않는다(別れない?)」が今話題になっていて、これも4・3事件がテーマだそうなんですね。映画や小説を通して4・3事件が再び注目されている中で、韓国ではその元祖のような小説「スニおばさん」を紹介しました。

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