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文化

エッセイ「日記」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2021-11-19

玄海灘に立つ虹

今日ご紹介する本は、ファン・ジョンウンのエッセイ「日記」です。10月に出たばかりなんですが、かなり売れているみたいです。ファン・ジョンウンは小説家で、日本でも「誰でもない」「野蛮なアリスさん」がいずれも斎藤真理子さんの訳で出ています。

タイトルが「日記」となっているように作家の日常が書かれたエッセイですが、最近出たので、コロナ禍での話も入ってます。さらっと書いているようで、でも内容は深くて、私もこんな風に書きたいなって憧れる文章でした。


まず個人的に共感度が高いのは、ファン・ジョンウンさん、パジュに住んでいるんですね。私はイルサンで、パジュは隣町なのでよく遊びに行く場所です。出てくる場所がけっこう知ってる場所です。パジュは北朝鮮にも近く、ソウル郊外というにはソウルからかなり遠い所です。

コロナの感染が広まって、そのパジュの家にこもっている話、特に作家はどこかに通勤するような仕事ではないので、世の中との断絶を感じたんじゃないかなと思います。甥っ子姪っ子に会うのも避けていたそうです。そういう人多いと思います。私もかれこれ2年近く甥っ子姪っ子に会えてません。ところが、妹が甥っ子姪っ子を連れてパジュのファン・ジョンウンさんの家にやってきます。疲れきった顔だったそうです。私もですが、子どもがいない身では自分ができるだけ動かなければ済む問題ですが、子どもがいるお母さんたちは本当にコロナ禍で大変だと思います。ファン・ジョンウンさんの妹はもともと仕事をしていたんですが、コロナで子どもが家にいるようになって、辞めたそうです。日本でも韓国でもよく聞く話です。よく聞く話だけど、本当に当事者にとっては一大事ですよね。家が居心地がいい人もたくさんいると思うけども、そうでない人もたくさんいる。家庭内暴力などコロナ禍で深刻化しているという話も聞きます。「この伝染病をみんなが同じように経験しているわけではない」という表現がとても刺さりました。


私も書くことを仕事にしていますが、取材したり映画やドラマを見たり、人に会ったりと、書く以外の時間もけっこう長いんですが、ファン・ジョンミンさんのような作家は長時間書くので、書くという労働がとても負担なようです。歩いたり、筋トレしたりという毎日の運動についても書いています。「1日の作業の質は原稿を前に耐える時間の量にかかっている」と書いていて、耐えるための運動なんですね。私なんかは運動といえば気分転換くらいなので、レベルが違うなと思いました。


しおりについての話もおもしろかったです。本のしおり、ですが、私も本を読む方なのでたまにしおりを買って使ったりしますが、ファン・ジョンウンさんはかなりこだわりがあるようです。金属や木、皮など様々なしおりが売られてますが、本に跡がつくから嫌だそうで、紙、それも韓紙(日本の和紙のような紙)のような柔らかい紙がいいそうです。本への愛情を感じますよね。

皆さんはキンドルなど電子版の本を読まれるか分からないですが、私は「紙派」です。新聞社出身というのもあると思いますが。ただ、仕方なく日本の本が急いで必要な時に電子版で読んだりはします。ファン・ジョンウンさんもやっぱり「紙派」で、電子版は目が疲れるんだそうです。ということを書きつつ、電子版だって誰かの労働によって作られたものなのにと申し訳なく思うのも、ファン・ジョンウンさんらしい。一つの物事を表面的でなく常に裏側まで考えるのが魅力だと思いました。


木浦に行った時のことも書かれていましたが、これも私にとってはとても響く話でした。私もセウォル号の事故当時、現場近くで取材したので木浦へ行くとセウォル号のことを思い出さずにはいられない。現場は珍島の方でしたが、木浦から珍島入りしたし、木浦の病院に救助された人の取材に行ったりもしたんですね。今は木浦の港に引き上げられたセウォル号の船があります。ファン・ジョンウンさんは2017年から毎年4月に木浦を訪れているそうなんですが、4月はセウォル号の事故があった月です。

木浦で、ではないですが、ファン・ジョンウンさんはセウォル号事故の遺族と会ったこともあるようで、作家が遺族の前で文章を朗読するという場だったそうです。その時の一文が「어떻게 지내십니까/いかがお過ごしですか」。遺族を傷つける言葉だったかもしれないと後悔しつつ、でも正直な自分の思いでもあると書いています。事故から時がたっても、遺族にとっては一生抱える傷だということに寄り添うファン・ジョンミンさん。私はこの一文にそんなことを感じました。


日本語版が出るかどうかの情報はまだ聞いてないんですが、作家の知名度と韓国での売れ行きを考えると翻訳されるんじゃないかなって期待しています。作家という仕事について垣間見るのもおもしろいし、コロナなど身近な問題について共感できる部分も多いエッセイだと思います。文章も素晴らしいので韓国語でもぜひ読んでほしいなと思います。

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