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文化

小説「幽霊」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2022-04-21

玄海灘に立つ虹


本日ご紹介する本は、チョン・ヨンジュンの小説「幽霊」です。韓国では2018年に出た本ですが、日本でも昨年翻訳出版され、私は日本語版で読みました。チョン・ヨンジュンさんの小説は「幽霊」のほかにも「宣陵散策」という短編小説も日本で出版されています。


「幽霊」は死刑囚にまつわる話なんですが、ユンという刑務官が担当する死刑囚、四七四番と呼ばれている男です。韓国は死刑制度はあるんですが、1997年を最後に執行されていません。なので死刑囚が当然死刑になるわけではない、というのが実情です。

四七四番は12人を殺した殺人犯として死刑を宣告されるんですが、住民登録番号のない、身元不明の男です。あっさり罪を認めて、刑務所でも模範的な態度の四七四番に刑務官のユンが興味を持ち、話しかけるようになります。その中でだんだん四七四番の過去が明らかになってくるという小説でした。


「幽霊」というタイトルですけど、幽霊が出てくるわけではないんですね。四七四番はロシアでプロの殺し屋をやっていて、ロシア語で「幽霊」と呼ばれていました。「存在を隠してこそ存在でき人間」という意味だったようです。存在を隠し、誰かが殺したいけど殺せない人を代わりに殺す。

ロシアというと、今、ウクライナに攻め込んで国際的に批判を浴びていますが、それ以前から、プーチンに批判的なジャーナリストが暗殺されたというニュースを見ながら、怖いなと思っていました。この小説を読みながら、プロの殺し屋としてロシアでたくさん仕事があったというのは、現実的なようにも感じられました。


「幽霊」を読みながら、小説「アーモンド」も思い浮かべたんですが、というのは、「アーモンド」の主人公みたいに四七四番も痛みを感じないんですね。痛みを脳に伝える神経が発達しなかったということなんですが、血が出ても骨が折れても痛みを感じない、だから怖いもの知らずなんですね。

そんな四七四番に大きな変化が起こるのは、とある女性の登場でした。たびたび刑務所に面会に来る女性で、面会できないと言っても何度も来るので、ユンがそのことを四七四番に伝えるんですね。

結局面会することになるんですが、四七四番の姉だったようです。姉との間の過去の出来事が、四七四番にとっては大きな心の傷になっていたことが分かります。


凶悪犯の過去の心の傷が分かると読者としては同情するような気持ちになりそうですが、この小説はそうもさせてくれない。姉と和解して反省しながら生きるというような美談にはならず、むしろ四七四番は死刑の執行を望むようになります。そうすることが姉への復讐になると考えたようです。

ここで冒頭で話した韓国の死刑制度の話に戻ると、死刑を宣告はしても執行はしないという実情があり、だけども死刑囚本人が死刑を望んでいるというのが世間に知られると話が変わってきますよね。刑務所としては死刑を執行せよという世論と、死刑反対の世論の板ばさみになります。


「アーモンド」は終盤の感動的な展開で多くの読者に愛される小説となったと思いますが、「幽霊」は読者をそんな気持ちいいところへ連れて行ってくれる小説ではなく、逆に勇気ある作家だなと思いました。四七四番がもしユンと会っていなかったら? ユンが面会に来ている女性のことを伝えなかったら? と考えると、死刑は執行されることなく刑務所で過ごして死んだのかもしれないですが、それは四七四番にとって生きたことになるのかなと思いました。ただ生きながらえただけのような気がします。翻訳の浅田絵美さんもあとがきで書いていましたが、チョン・ヨンジュンさんの小説は「大切であるにもかかわらず見落としがちなことに目を向けるきっかけをくれ、正面から問題を突きつけてくれるのが魅力」というのは、とても共感できました。私はまだチョン・ヨンジュンさんの小説は「幽霊」しか読めていないので、他の作品も読んでみたいなと思います。

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