私は日本から帰国してから釜山にいたので、釜山訛りを日常的に使っていますが、ソウルに住んでいる月日のほうが断然長くなり、帰省して釜山訛りを聞くと違和感を感じることもあります。 釜山とその周辺の慶尚南道と、大邱(テグ)とその周辺の慶尚北道、それにウルサン市を含む地域を慶尚道(キョンサンド)といい、韓半島の東南に位置する地域です。
ソウルなど他の地域に住む人たちは、慶尚道訛りをよく聞き取れないことが多いです。それは、慶尚道訛りは独特のイントネーション、なかでも高低があるからだと分析されています。語彙が違う場合であれば、文章の流れから、どういう意味か分かりますが、音の高低は他の地方の人たちにとっては耳慣れないものです。韓国語で音の高低があるのは、慶尚道、北韓の咸鏡道(ハムギョンド)、江原道(カンウォンド)の一部だけ。ソウルなどでは音の長短で単語の意味を区別しています。たとえば、
눈에 눈이 들어갔다(目に雪が入った)という文で、
標準語では前者の눈(目)は短く、後者の눈(雪)は長く発音します。
でも慶尚道では違います。前者は高く、後者は低くなります。
慶尚道訛りが標準語など他の地方の言葉と違うのは、1000年前の新羅語の影響が残っているからだという学説もあります。新羅が三国を統一し、慶州(慶尚北道)で使われていた言葉が標準語になっていた時期が、韓国の歴史にはあったと思われますが、高麗が開城(ケソン)を、朝鮮が漢陽(ハニャン)を首都にしたことで、中部地方の言葉が影響力を増していきました。でもその間にも、慶尚道の人たちは、新羅語を守ってきたからではないか、というのです。日本の京都の人たちが古都としてのプライドを忘れず、京言葉が使われ続けていることと同じ現象だという見方もあります。
慶尚道の人たちはソウルなど首都圏に住むようになっても、訛りがなかなかなくならないことが多いです。このことについては、標準語との違いがありすぎて、訛りをなくすのが難しい上、言葉についての自負心が強く、あえて変える必要がないと考えられているからだという分析が支配的です。でも女性の場合は相対的に標準語を使うようになることが多いです。女性は言語感覚が男性より優れ、標準語のほうが語感がやさしいことから、うまく使えるようになるのです。男性の場合は、歴代の大統領で慶尚道出身が多いのも、あえて訛りを直さない理由のひとつになっているのではないかという分析もあります。