本日は、ハ・テワンのエッセイ『すべての瞬間が君だった』をご紹介します。猛暑、台風、地震など本当に大変な夏でしたが、ソウルはやっと朝晩涼しくなってきて、秋が感じられるようになってきました。心が洗われるような優しいエッセイで、夏の疲れを癒したいと思い、この本を手に取りました。
日本でも翻訳版が出ていて、かなり売れているみたいなんですが、そのきっかけとなったのはドラマ「キム秘書はいったい、なぜ?」だったようです。ドラマの中でこの本が出てきます。このドラマ、実は韓国では2018年に放送されたんですが、日本では2020年に「梨泰院クラス」でパク・ソジュンの人気に火がついてからネットフリックスで配信されて、2年遅れで人気が出たんですね。ちょうどこの本の日本語版が出たのも2020年で、タイミングもぴったりだったようです。
タイトルからも想像がつくと思いますが、「愛」にまつわるエッセイなんですが、エッセイというよりも詩のような感じで、美しい言葉で綴られています。ドラマの中ではパク・ミニョン演じるキム秘書の愛読書として登場します。キム秘書が、パク・ソジュン演じる財閥御曹司のヨンジュンに、「特にここが好き」と言って読み上げるのが、「이런 연애가 하고 싶다. 늘 1분 1초가 모두 설레지는 않더라도, 한번 안아보는 것만으로도 하루의 힘듦이 모두 씻겨 내려가는 듯한 기분이 드는 연애」「こんな恋がしたい。毎分毎秒どきどきしていなくても、ちょっとハグするだけで、一日の疲れがすべて洗い流されるような恋」。一方、ヨンジュンがキム秘書は今ごろ何しているかな、と思いながらこの本を読む場面もありました。タイトルを見て、「こんな幼稚な本」と小馬鹿にしながら、読み始めると引き込まれ、ヨンジュンの目に留まったのはこんな部分でした。「복잡하고 혼란스러운 삶 속에서, 자신의 일을 풀어가는 도중에 불현듯 “지금 뭐 하고 있을까?”라고 생각하며 나 이외에 누군가를 떠올리는 것. 그것만으로도 충분히 사랑이 될 수 있다」「ごちゃごちゃになった日々の中で自分の仕事を解決しながら、ふと「今ごろなにしてるんだろう?」と自分以外の誰かを思い浮かべること。それだけで十分に愛になり得る」。この時ヨンジュンはまだキム秘書のことが好きだと自覚していないので、そんなことないと独り言で否定するけども、視聴者には好きなのは丸わかりという、そんな場面でした。それぞれ俳優の声で読み上げられるので、すごい本の宣伝になっていて、調べてみたらやっぱりPPL(間接広告)だったみたいです。
ⓒ Getty Images BankPPLは時にドラマの流れの邪魔になる、「あ、PPLか」と集中が切れてしまうようなこともあるんですが、こういうエッセイであれば、美しい言葉がストーリーにもぴったり合って、ドラマにとっても効果的な使われ方だったと思います。
もちろん、ドラマなので引用されたのは恋愛にまつわる部分ですが、エッセイ全体の大きなメッセージとしては、自分の人生を大切にする、瞬間瞬間を大切に生きる、ということだと感じました。愛と言っても、恋人に限らず、自分や家族、友達、同僚など様々な愛がありますよね。タイトルの「君」というのは読者のことでもあって、読者に語りかけるような文章も多く見られます。私を含め、現代人はスマホとパソコンばかり見ていて外の景色をまともに見なくなっていると思うんですが、このエッセイを読んでいると景色がたくさん出てきて、空を見たり、木を見たり、そういう余裕が心を豊かにしてくれるということに改めて気付かせてくれる、そんな本でした。
私自身は読みながら昔の恋人や夫を思い出すよりも、身近な友達を思い出しました。韓国の人って友達でも積極的に愛情表現をする人が多くて、例えば電話で「声が聞きたくて電話した」とか友達に言われたりするんですが、なかなか日本では言いませんよね。愛を語る文章に、思い浮かべる人はどんな人なのか、読者一人一人、様々だろうなと思います。
韓国でこの本が出たのは2018年で、2019年にはミュージカルにもなっています。エッセイがミュージカルになるってどういうことかなと思いますが、最近はベストセラーの小説が演劇やミュージカルになることが多く、私も先日、このコーナーでも紹介した小説『不便なコンビニ』の演劇を見てきました。内容を知っている分、韓国語が全部分からなくてもある程度楽しめると思うので、ぜひ韓国文学ファンの皆さん、韓国旅行の際、演劇やミュージカルもチェックして、知っている作品があったら見てみてほしいなと思います。
