今、ニュースやインターネットで話題になっている人物、前からよく名前は聞いているけれども一体何をしている人物なのかよく分からないという人をマルコメの視線から3つのキーワードでご紹介していくコーナーです。
今日ご紹介するのは、5月にフランス政府が授与するもっとも高い等級の芸術文化勲章を受賞した、世界的なソプラノ歌手チョ・スミ( 曺秀美 )さん、62歳です。
1.文化勲章と大統領夫人
チョ・スミさん、最近2つのニュースでメディアのスポットライトを浴びました。
1つはフランス政府から芸術文化勲章を受章したニュースです。
チョ・スミさんはパリの「オペラ・コミック座」で現地時間の5月26日に、フランス文化省から「コマンドゥール」勲章をもらいました。
この勲章は 芸術や文学の分野で卓越した創作活動を行ったり、フランス文化の国際的な地位向上に貢献した人物に与えられるもので、「シュヴァリエ」「オフィシエ」「コマンドゥール」の3等級のうち、「コマンドゥール」が最高位にあたります。
韓国では指揮者のチョン・ミョンフンさんに続いて2人目の受賞となります。また日本では2013年に建築家の安藤忠雄さんが、2018年に小説家の村上春樹さんが受賞するなど、多くの文化人が受賞しています。
勲章を渡したペルラン元文化長官は、「わたしたちの時代を代表する偉大なソプラノの一人であり、アジアの芸術家が成功することが困難だった1980年代の西洋オペラ界で、壁を打ち破り偏見を克服した」と称賛しました。
このように韓国が誇る世界的なソプラノ歌手であることから、歴代大統領が文化・芸能関係の有名人を大統領府に招いて行うレセプションの席には、よくチョ・スミさんの姿を見かけます。
大統領に就任したばかりの李在明大統領も先月30日に「文化強国の夢、世界に飛び出す大韓民国」という行事を行い、その席にチョ・スミさんを招待しました。大統領との対話の場面では他の出席者が緊張した表情で座っている間で、大統領夫人の横に座っていたチョ・スミさんは夫人の耳元に手をあてて何かひそひそ話をしている場面が写真に撮られ注目されました。
実は大統領夫人のキム・ヘギョンさんとチョ・スミさんは同じ高校の先輩・後輩の間柄です。二人はソウルにあるソンファ芸術高校のチョ・スミさんは2期生、キム・ヘギョンさんは6期生で、キム・ヘギョンさんはチョ・スミさんを「先輩」と呼んでいるそうです。
2017年、李大統領が城南市長だった時には城南文化財団主催でチョ・スミコンサートを行ったこともありました。ということで大統領になる前から夫妻とは交流があったようです。
さてこの日、李大統領は彼女にこんな質問をしました。「芸術的な才能は生まれついてのものですか、努力して身に付くものですか、あるいは両方ですか」それに対してチョ・スミさんは「芸術的な部分では生まれついてのものも重要です。しかし多大な努力も必要です。特に東洋から来た人間は十倍、百倍の努力が必要です」と答えていました。まさに彼女の人生そのものです。
2.音楽人生とカラヤン
チョ・スミさんは4才からピアノを習い始めます。それも1日に8時間ピアノの前に座って練習をさせられたと言います。なぜそんなスパルタ教育をしたか。彼女の母はこんな話をしています。
チョ・スミさんが幼い頃、彼女を見たあるおばあさんが「あんなに賢すぎる子供は短命になる。避けるには何かを叩かせるように、叩けば悪い運気が飛んでいく」と言ったそうです。それを聞いた彼女の両親は借家住まいであったにもかかわらず無理をしてピアノを買って彼女に練習をさせ、彼女は何も知らずにひたすら素直に練習していたそうです。
小学校に入学してからは歌の天才児だと言われ、声楽の先生たちは口をそろえて「彼女には何があっても歌を歌わせてください」と言ったといいます。その後、ソンファ芸術中学・高校と進学し、1981年にソウル大学の音大に歴代最高点、トップの成績で入学しました。しかし大学2年の時に同じソウル大学の経営学部に在籍中だった同い年の男子学生とカップルとなり、それからは恋愛一筋、学業は放り出してしまい、成績はあっという間に学年トップからビリへと急落しました。結局ソウル大学音大は成績不良で中退することになりました。
以後、チョ・スミさんの両親は彼女をイタリア・ローマの名門音楽学校サンタ・チェーチリア音楽院に留学させます。入学試験の際に伴奏のピアニストが急病でこれなくなり、試験官が「誰かピアノの伴奏をできる者はいないか」と尋ねると手を挙げ、50人の受験者全員の伴奏をし、本人も試験を無事受けて見事合格しました。そして5年課程の音楽院をわずか2年で修了し、卒業証書を手にします。
この頃彼女はチャイコフスキー国際コンクール、エリザベート王妃国際音楽コンクールなど、世界七大国際コンクールに出場、東洋人としては初めてすべて優勝するという快挙を成し遂げています。
そしてオペラ「リゴレット」のジルダ役で欧州デビューを果たします。その後は各国でオペラに出演しますが、彼女の名前を世界中に知らせることになったのは、帝王と呼ばれた指揮者カラヤンにその才能を見出されてからでした。
オーデションで彼女の声を聴いたカラヤンは、その声を「神からの贈り物」と評しました。このオーデションで1989年のザルツブルグ音楽祭でのヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」のオスカル役を手にします。これが世界トップクラスのオペラ舞台への初出演となり、その後の活躍の道を開くきっかけとなりました。
後にインタビューでチョ・スミさんはカラヤンのことを「カラヤンとの共演は私の人生の最大のギフトだった。彼の前で歌った瞬間、私は音楽の神髄を見た気がした」と述べ、カラヤンとの出会いは「神が与えてくれたチャンスだった」と感謝の気持ちを伝えています。
カラヤンのお墨付きという評価により、彼女はその後、ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、ミラノスカラ座など一流舞台からの出演依頼が途切れなく飛び込んでくるようになりました。
3.リリック・コロラトゥーラ
チョ・スミさんの声はソプラノ、その中でもリリック・コロラトゥーラと言われるものです。この
リリック・コロラトゥーラというのは非常に動きが軽やかな声を指し、究極の技巧が求められます。軽やかで、高音域まで伸びる柔らかな歌声は彼女の声の特徴そのものです。そして感情表現が繊細で、ドラマチックな歌唱が彼女の持ち味でもあります。
そんな彼女の代表曲、一般大衆にもよく知られているナンバーが、モーツァルトのオペラ「魔笛」の夜の女王のアリア「復讐の炎は地獄のようにわが心に燃え」です。超絶技巧と高音を要求される難曲ですが、チョ・スミさんの代名詞とも言える曲です。
彼女のファンは彼女の声を「クリスタルのような声」と言います。そして正確に超高音まで伸びる美声、技巧的にも困難なレパートリーを軽やかに歌い上げる姿にクラシックファンは熱狂します。そしてファンの間からはこんな声も聞こえます。「彼女の歌声は音楽ではなく、祈りのようだ」「高音域の輝きはもちろんだけど、それ以上に彼女の人生観と誠実さが好き」「完璧なのに人間味があって、憧れを超えて尊敬している」
そしてそんな彼女の歌声はクラシックだけではありません。有名なものだけでもKBSドラマ「明成皇后」のテーマ曲「私が行ったら」、2002年の韓日ワールドカップの応援歌「チャンピオンズ」など聞きなれた曲も多数あります。
去年からは彼女の名前を掲げた「チョ・スミ国際声楽コンクール」も開催されています。還暦を過ぎたとはいえ、ますます活躍が期待される韓国が誇るソプラノ歌手です。