第38話 映画『グッドニュース』と「よど号ハイジャック事件」
2025-12-17
今、ニュースやインターネットで話題になっている人物、前からよく名前は聞いているけれども一体何をしている人物なのかよく分からないという人をマルコメの視線から3つのキーワードでご紹介していくコーナーです。
今日ご紹介するのは、先月25日、91歳で亡くなった俳優、イ・スンジェさんです。
今日は、イ・スンジェさんの生涯を、その代表作を中心にご紹介していきます。
ホ・ジュン ― 宮廷医官への道
*重厚な時代劇俳優*
まず最初は、日本の皆さんには特に、韓国の時代劇によく登場する俳優というイメージが強いのではないでしょうか。
イ・スンジェさんは「韓国時代劇の重鎮俳優」と評価されており、韓国ドラマをよく見ている方なら、王や大臣、学者など、重厚な役柄を演じる「おじいさん俳優」として顔を覚えている方も多いと思います。
時代劇の代表作には、『ホ・ジュン』『イ・サン』『太祖王建』『商道』などがあります。
『ホ・ジュン』では主人公の師匠役、『イ・サン』では主人公の祖父である英祖を演じました。
日本の大河ドラマにも通じるような重厚な演技で、権力の中心にいる人物の葛藤や老いを、派手さを抑えながらも繊細に表現し、登場するだけで画面が引き締まる俳優として知られていました。
声の使い方や「間」の取り方も、日本の名優に近いと評され、年齢を重ねるほど説得力を増す演技だと言われていました。
人生そのものが、演技の深みになったその背景には、
イ・スンジェさん自身の人生経験も大きく影響していたようです。
イ・スンジェさんは1934年、現在の北韓・咸鏡北道に生まれました。
3歳のときに家族で満州に移住しますが、翌年には事情があって、一人で祖父母の暮らすソウルに戻ります。その後、生涯のほとんどをソウルで過ごしました。
韓国戦争当時は高校生でした。
その後、ソウル大学の哲学科に入学し、大学在学中に、イギリスの名優ローレンス・オリヴィエ主演の映画『ハムレット』を観たことをきっかけに、俳優の道を志すようになります。
最初は演劇の世界に入り、仲間たちとともに「実験劇場」を立ち上げました。
また政治家として活動した時期もあり、1992年の総選挙で、当時の与党「民主自由党」から国会議員に当選します。副報道官や韓日議員連盟の幹事も務めました。
ただ、政治家としての活動は1期4年にとどまり、その後は再び俳優としての道に専念しました。
2010年以降は、世宗大学と嘉泉大学で10年以上にわたり教授を務め、多くの後輩や教え子を育てました。
韓国では、葬儀の際に棺を葬儀場から霊柩車まで運ぶ「運柩」を、遺族や関係者が担う習慣があります。
イ・スンジェさんの葬儀では、彼が特任教授を務めた嘉泉大学演技芸術学科の学生たちが
この運柩を務めました。
思いっきりハイキック
*威厳を脱いだコメディ*
時代劇での重厚な配役、ホームドラマでの頑固なお父さん役。
また、ソウル大学哲学科卒業、国会議員、大学教授と、非常に堅いイメージを持たれがちなイ・スンジェさんですが、その人間的な幅の広さは出演作にもよく表れています。
時代劇『イ・サン』が放送されていた同じ頃、イ・スンジェさんは、MBCのシチュエーション・コメディ『思いっきりハイキック』に出演しました。
ここでは、長年築いてきた威厳あるイメージを捨て、コミカルな「イ・スンジェ」を演じます。
この作品は大ヒットし、シリーズ第2弾が制作されるほどの人気となり、
イ・スンジェさんは若者世代からも親しまれる存在になりました。
共演した若手俳優は、「ここまで体を張るとは思わなかった。転ぶシーンでも動きが正確で、NGを出さなかった」と当時を振り返っています。
当時すでに73歳でしたが、リズム、間、タイミングがすべて完璧で、
「コメディを理論で理解している俳優」だと驚かれたといいます。
また2013年から2018年まで、4シリーズが制作された旅行バラエティ番組
『花よりおじいさん』では、イ・スンジェさんの人柄が、よりリアルな形で伝わりました。
5人の俳優の中で最年長ながら、もっとも冷静で、時間や安全に常に気を配り、
トラブルが起きても感情的になりませんでした。
訪問先の歴史や文化にも詳しく、無理に若作りせず、体力的に厳しいことは正直に避けながらも旅を楽しむ姿は、「こんな歳の重ね方をしたい」と、若者から高齢者まで世代を超えた支持を集めました。
リア王
*最後まで現役だった俳優*
69年にわたり、演劇・ドラマ・映画というジャンルの垣根を越え、400本余りの作品で活躍したイ・スンジェさんは、まさに生涯現役の俳優でした。
2024年にも、テレビ、映画、演劇に出演しています。
テレビでの最後の作品は、ドラマ『犬の声』でした。
この作品で、KBS演技大賞において歴代最高齢で大賞を受賞します。
受賞の際には、「長く生きていたら、こんな日もあるんだね」と涙ぐみながら語り、
「視聴者の皆さんには、生涯にわたってお世話になりました。ありがとうございます」と感謝を伝えました。
演劇に対する情熱も、最後まで衰えることはありませんでした。
2023年、89歳で演じたシェイクスピア『リア王』のリア王役は、“最高齢リア王”として記録されました。
2024年には、音楽劇『誰かこの人を知りませんか』で解説者を務め、不条理演劇の代表作
『ゴドーを待ちながら』では主演のエストラゴンを演じました。
ただ、この『ゴドーを待ちながら』は、公演途中で健康状態が悪化し、やむなく出演を断念することになります。
最後まで、舞台とカメラの前に立ち続けた俳優、イ・スンジェさん。
その姿は、今も数多くのドラマや映画の中で生き続け、これからも、新しい世代へと受け継がれていくことでしょう。
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