メニューへ 本文へ
Go Top

文化

エッセイ『カメラを止めて書きます』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2023-06-15

玄海灘に立つ虹


〇本日ご紹介する本は、ヤン ヨンヒ監督の『カメラを止めて書きます』です。先に韓国語版が昨年出て、私は韓国語版を読んだのですが、最近日本語版も出まして、それに合わせて監督のドキュメンタリー3本が再上映されるなど、注目を集めています。ヤン ヨンヒ監督はこれまで自身の家族や親戚にまつわるドキュメンタリー映画『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』『スープとイデオロギー』、そして劇映画『かぞくのくに』という作品を発表してきましたが、このエッセイには映画には出てこなかった裏話が書かれています。私は『スープとイデオロギー』が2021年のDMZ国際ドキュメンタリー映画祭で上映された時にインタビューしたり、トークイベントなどにも行って、お話をうかがったことは何度かあるのですが、それでも知らなかったことがたくさん書かれていました。


〇ヤン監督や作品についてよく知らないという方もいらっしゃると思うので、簡単にご紹介すると、ヤン監督は大阪生まれの在日コリアンで、両親は韓国の済州島出身ですが、北朝鮮を支持する総連の活動家だったんですね。総連というのは、正式名称は在日本朝鮮人総連合会という団体なのですが、その影響で、ヤン監督のお兄さん3人は1971年に北朝鮮に移住しました。多くの在日コリアンが北朝鮮へ集団移住した「帰国事業」でお兄さんたちが北朝鮮に行ってしまい、それがきっかけでヤン監督と両親の間に軋轢が生まれます。


〇映画では、お父さん、お母さんとヤン監督は意見の合わないことはあっても、2人とも朗らかで娘を愛する両親に見えるのですが、それはカメラを向けることができるようになってからのことで、それまでは激しく対立していた期間も長かったそうです。北朝鮮を称賛する父と、それに反論するヤン監督。なぜ両親が北朝鮮を支持したのか、というと『スープとイデオロギー』を見ると、済州4.3事件が背景にあるらしいというのが分かってくるのですが、それはぜひ映画を見てほしいと思います。

ヤン監督は映像を学ぶため、アメリカに渡るのですが、当然、北朝鮮を支持するお父さんは反対します。これを平壌にいるお兄さんが「僕たち3人の代わりにヨンヒ1人くらい、自由にさせてやってください」と説得したそうです。ヤン監督はお兄さんたちの分まで、自分が自由に動いてできることをしようと覚悟したと思います。北朝鮮の家族や親戚を撮るというのは、本当に大きなリスクが伴うものですが、お兄さんたちの代わりに、というのがヤン監督の原動力だった気がします。

そして果敢に行動する人には、やっぱり力になってくれる人たちが現れるもので、アメリカ留学中、911のテロが起きて、北朝鮮へ撮影に行くと再びアメリカに戻れない可能性があった時、留学先の先生が温かく手を貸してくれた逸話など、ほっこりするようなエピソードもありました。


〇映画にも出てくるシーンでは、お母さんが北朝鮮の息子や息子の家族にたくさんの物品を送るシーン、お母さんがうれしそうに荷造りしているのがとても印象的でした。実は最初は北朝鮮での生活に慣れさせるために食料は送らなかったのが、ある時、息子の写真が送られてきたらやせ細っていて、それを見てからは食料を送るようになったそうです。息子たちを送り出してしまったお母さんとしては、胸が張り裂けるような思いだったと思います。お兄さんたちが北朝鮮へ渡ったのには、当時日本で在日コリアンとして生きることが難しかったというのもあり、単に本人や家族の選択とは言えないのですが、「帰国事業」について日本でも韓国でもよく知らないという人も多いと思います。

お兄さんたちが北朝鮮へ渡る前、最初で最後の家族旅行に海へ行ったそうですが、ヤン監督はその時を思い出すのか、その後ずっと今に至るまで水泳ができないそうです。海が怖いそうで、それはお兄さんたちを見送りに行った新潟港のイメージが焼き付いているのもあるようです。


〇大変な体験をしながらも、それを世に伝えようとカメラを構えたヤン監督の、その作品の裏にある思いや出来事を詳しく知ることができるエッセイでした。作品を見てエッセイを読むとさらに理解が深まるので、映画と本、どちらもおススメしたいと思います。


おすすめのコンテンツ

Close

当サイトは、より良いサービスを提供するためにクッキー(cookie)やその他の技術を使用しています。当サイトの使用を継続した場合、利用者はこのポリシーに同意したものとみなします。 詳しく見る >