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文化

キム・ヘジャ自叙伝『生に感謝する』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2023-09-21

玄海灘に立つ虹


〇本日ご紹介する本は、キム・ヘジャの自叙伝『生に感謝する(생의 감사해)』です。1941年生まれ、80代の今も現役で演技を続ける名優キム・ヘジャが昨年12月に出した本で、話題になっています。キム・ヘジャと言えば、ドラマでは『まぶしくて』『私たちのブルース』などが記憶に新しく、日本でも見たという方多いと思いますが、ポン・ジュノ監督の映画『母なる証明』の演技も圧巻でした。私は近年一番泣いたドラマが『まぶしくて』と『私たちのブルース』なんですが、それぞれキム・ヘジャの演技によって泣かされました。ここまで人の心を揺さぶる演技はどこから出てくるのだろうという興味で、この本を手に取りました。

〇この本を読めば、キム・ヘジャがいかに演技にすべてを捧げてきたかがよく分かります。あまりにも作品にエネルギーを注ぎ過ぎて、毎回作品を撮り終わると何もできなくなるほどぐったりするそうです。なので作品に関するインタビューの依頼が来ても「そのドラマ、その演劇が私そのものです」と答えてほとんど断ってきたそうです。本当にキム・ヘジャの演技を見ていると「憑依」という言葉が浮かびますが、完全になりきっているんですね。そういえば、あまりインタビュー記事を読んだことがないなと思い、だからこそ、とても貴重な自叙伝だと思います。

ⓒ YONHAP News
〇キム・ヘジャは裕福な家庭で育ち、当時は女性で大学に行く人が多くはなかったと思いますが、梨花女子大学に通ったそうです。美術が専攻だったのですが、本人は俳優が夢だったので大学2年生の時にKBSのタレント募集に応募して、合格します。最初は演技への情熱だけで本人いわくあまりにも演技ができずに挫折するのですが、結婚、出産、育児を経て、演劇に出演するようになり、脚光を浴び始めます。演劇で演技力を身につけたと書いています。私はキム・ヘジャは映画・ドラマのイメージしかなかったんですが、2010年代にも演劇の舞台に立っていたみたいで、また今後演劇に出ることがあれば逃さず見てみたいです。

〇日本ではあまり知られていませんが、韓国ではキム・ヘジャと言えばドラマ『田園日記』を思い浮かべる人が多いようです。韓国で最も長く続いたドラマで、1980年から2002年にかけて22年間放送されました。この『田園日記』では台所仕事をする場面が多いんですが、なにせキム・ヘジャは演技でエネルギーを使い果たして普段台所仕事はしていないので、手慣れていなくて大変だったそうです。演技のためにネギの切り方を練習したと書いていました。「母や妻としては完全に落第点」と書いていますが、当然だろうと思います。その家族への申し訳なさもまた、演技へまい進させる原動力になったようです。
ここまですべてをかけた人だから言えることなんだなという言葉がたくさん出てきますが、「自分の貴重なものを犠牲にしなければ、得られるものはありません。運が良くても、努力しなければ消えてなくなります」。私は多方面に心奪われていろいろ手を出してしまう方なので、耳が痛いですが、そういう犠牲と努力の上でキム・ヘジャの圧巻の演技が見られたんですね。
ちなみにこの『田園日記』ではチェ・ブラムという俳優と夫婦を演じたんですが、あまりにも長く放送され、人気のドラマだったので、本当にチェ・ブラムとキム・ヘジャが夫婦のように思っている人も多かったようです。

ⓒ YONHAP News
〇圧倒的にドラマの出演が多く、映画はあまり出ていないんですが、『母なる証明』のインパクトは絶大でした。シナリオの最初から「魂の抜けた顔」と書かれていたそうで、ドラマで見せるかわいらしいキム・ヘジャとは違う、ウォンビン演じる息子のためには何でもする狂気の母でした。鳥肌の立つ演技とはこういうものだと思いましたが、さすがポン・ジュノ監督ですね。キム・ヘジャを思い浮かべながらシナリオを書いたそうです。ドラマを通して視聴者が持つ「国民の母」のイメージを打ち砕く作品となりました。

〇私は実は『私たちのブルース』最終回のキム・ヘジャの演技を見た時に、是枝裕和監督の『万引き家族』の樹木希林を思い出しました。いずれも死の直前の演技なのですが、驚いたのは、キム・ヘジャ自身がこの本の中で樹木希林に言及し、自分と重ねていました。「樹木希林も私も、そうやって役になりきった瞬間、人生の虚無や苦痛、悲しみ、雑念を忘れることができました。そしてその瞬間、何にも染まらない純粋な私自身になり、他のどんな時よりも幸せでした」と、つづっています。役になりきっている時がむしろ本当に生きている瞬間なんですね。
日本語の翻訳は出ていないんですが、韓国語で読める方、韓国の名優キム・ヘジャについて興味がある人はもちろんですが、何かに打ち込む人生、プロフェッショナルの極みに触れられる本ですので、ぜひ読んでみてください。

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