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小説「少年が来る」

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2020-08-21

玄海灘に立つ虹

〇今回はハン・ガンの小説「少年が来る」をご紹介。日本でも翻訳出版されている。そもそも、韓国の小説で「82年生まれ、キム・ジヨン」や「アーモンド」よりずっと以前にまず日本で注目された作品といえば、ハン・ガンの「菜食主義者」。マン・ブッカー国際賞を受賞したことでも知られる。「少年が来る」は、そのハン・ガンの小説で、光州事件がモデルになった小説。


〇光州事件に関しては、以前映画「ペパーミント・キャンディー」を紹介する時にも話したが、1980年5月に光州で起きた、市民の民主化デモが軍や警察によって暴力的に鎮圧された事件。今年は事件から40年ということもあり、「少年が来る」は2014年に出た本だが、最近も再びベストセラーの棚に並んでいる。


〇ハン・ガン作家の作品の特徴は、肉体の痛みを感じさせる文章。「少年が来る」も、事件の生々しい被害者の痛みが出てくる。章ごとに主人公が変わるが、例えば第2章の主人公は、事件で殺されたジョンデという中学生。死体となっているジョンデの魂が語る。他の死体と共に積み上げられ、日光を浴びたり雨に当たったりして腐敗していく肉体が、読者は主体として感じられる。生きている間に死ぬ体験をするなんて、文学ならではの体験。


〇第一章に遡ると、主人公は中学生のドンホで、2章のジョンデはドンホの友達。ドンホは事件の犠牲者の遺体の管理を手伝いながら、おそらく亡くなっているジョンデを、奇蹟的に生きているかもしれない、という希望も持ちながら探している。

なので、二章で、やっぱりジョンデは死んでいたんだ、と知るのも悲しいが、何よりジョンデを含む積み重ねられた遺体に火がつけられるとき、ドンホは遺体のジョンデにすら会えないんだと知るのが切なかった。実際、光州事件の行方不明者は少なくない。遺体が確認できない人の家族、友人ら残された人たちの行き場のない痛みについても考えた。


〇生き残った人のトラウマ、という意味では、第三章に出てくる、ドンホと共に遺体の管理をしていたウンスクのトラウマが印象的だった。事件から数年を経て、ウンスクは出版社で働いている。検閲が厳しいことから、まだ軍事政権下というのが分かる。

トラウマ、というのは、ウンスクは肉を食べない。肉を嫌いというよりは、鉄板で肉が焼けるのを見るのが辛い、という。この表現だけでも、事件で何を見てしまったのか、というのが想像できる。事件にいろんな形で関わった人たちの傷はいろんな形で残る、というのを改めて考えさせられた。


〇ウンスクのケースを見ても、痛みは事件だけで終わらない。80年代、民主化運動の時代、大学に進んだウンスクはやはり大学に私服警察がいて、連行された学生が軍に強制的に入隊させられるような状況のなか、なかなか傷が癒えない。80年5月の悲劇は単発の悲劇ではなかった。


〇友人の中には、ハン・ガン作家の本を読むのは勇気がいる、という声も聞く。私自身もなかなか一息には読めなかった。読者に痛みを感じさせるという特徴ゆえだと思う。が、二度と同じ過ちを繰り返すまい、繰り返させるまい、という意味で痛みを疑似体験することも大事だと思う。小説や映画という作品を通して、犠牲者たちの痛みを知ることも弔いの一つなのかもしれない、と、思った。光州事件から40年の今年、読むべき一冊。

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