国際
1983年のサハリン沖大韓航空機撃墜 ロシア学者が珍説
Write: 2005-09-05 17:14:51 / Update: 0000-00-00 00:00:00
1983年9月1日、サハリン沖上空で大韓航空機がソビエト空軍機によって撃墜された事件は、大韓航空機がNATO=北大西洋条約機構のスパイ活動を行っていたためだと、ロシアの学者のアレキサンドル・コレスニコフ教授が、先月31日、ロシアの日刊紙「MK」に寄稿しました。それによりますと、教授がインタビューした旧ソビエト極東軍司令官は、「大韓航空機は、当時、アメリカが属していたNATOの偵察任務を遂行していた。旧ソビエト軍当局は、大韓航空機がソビエト領空に入った直後から交信したデータを確保している」と話したということです。また当時、ソビエトのスホイ15戦闘機で大韓航空機を撃墜した空軍中佐は、「ミサイルを発射したが大韓航空機は17キロもさらに飛んで公海の上空で爆発した。大韓航空機はアンカレッジで必要のない4トンの燃料を追加注入していた。このため予定より40分間出発が遅れた。飛行機が粉々になったことから飛行機の内部にあった4トン分の爆発物が爆発したに間違いない」と話しています。この中佐はまた、死者は269人ではなくスパイの29人だけで、事前にアンカレッジで降りた乗客らは、今、アメリカで隠れて暮らしていると話しているとしています。これらについて大韓航空は5日、「対応する価値もない」と否定しています。
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