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国際

旧日本軍 釜山で細菌兵器秘密実験か

Write: 2010-08-12 13:08:54Update: 2010-08-14 19:49:29

第2次世界大戦時における旧日本陸軍が、アメリカの牛を殺傷するために開発した致命的な細菌兵器の秘密実験を釜山で行っていたことが12日明らかになりました。
先月28日に日本で出版された本、『陸軍登戸研究所の真実』には当時実験に参加した研究員が作成した文書である「旧陸軍第9技術研究所(登戸研究所)第6研究班研究概要」が載っています。
それによりますと、旧日本軍は東京近郊の秘密兵器研究所、登戸研究所で、牛を殺傷するための細菌兵器を開発し、1944年5月に釜山で性能実験を行ったということです。
文書には、「登戸研究所近くの牛舎で毒性を点検し、朝鮮国釜山(プサン)府沙下面(サハミョン)岩南洞(アムナムドン)朝鮮総督府家畜衛生研究所の西側にある洛東江(ナクドンガン)河口の大きな三角州の一部を野外感染実験場所に選んだ」と記されています。
登戸研究所が開発したのは牛や羊などに致命的なウイルス性疾患である牛疫の毒素を分離して凍結し、乾燥させた粉状の細菌兵器です。
旧日本軍はアメリカの牛を大量殺傷するためにこの兵器を川崎の登戸研究所で開発し、釜山に持ち込んで性能実験を行った後、実際に風船爆弾に吊るしてアメリカに向けて飛ばしたということです。
当時、牛疫が韓国で広がったという記録はなく、実験が秘密裏に行われたため、釜山ではこうした事実を知っていた人はいない模様です。
日本からの独立後に国立獣医科学検疫院で実験室補助を務めたという男性は、「植民地時代にそうした実験が釜山で行われたという話は今まで耳にしたことがない」と話しています。

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