長崎原爆で犠牲になった韓国人を追悼する「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」が長崎市の平和公園に建てられ、6日 除幕式が行われました。
長崎原爆の投下から76年、そして、地元の韓国人を中心に建立計画が進められた1994年からおよそ30年ぶりに慰霊碑が立てられました。
長崎原爆では、およそ7万4000人が犠牲になり、このうち最大で1万人ほどは、日本によって連れてこられた韓半島出身の労働者だったとされます。
除幕式には悪天候にもかかわらず、日本駐在の姜昌一(カン・チャンイル)大使、民団=在日本大韓民国民団の呂健二(ヨ・ゴニ)中央本部団長など韓国側の関係者と、向山宗子長崎市議会公明党代表ら日本側関係者と日本の高校生平和使節団など、合わせて100人あまりが出席しました。
碑の基壇は、亀の形にデザインされ、碑の裏側には、太平洋戦争末期の1945年8月9日に長崎に投下された原爆で犠牲になった韓半島出身者の霊を悼むという追悼文が韓国語と日本語で刻まれました。
下段には、当時の被害状況を説明する案内文が書かれています。
民団は1994年から、慰霊碑の建立計画を進めましたが、その過程は険しいものでした。
長崎市は始めの頃は、提供する適切な場所がないとして拒否し、最近では、碑文の内容を問題視して、許可を出しませんでした。
結局、長崎市が難色を示していた「強制動員」という表現の代わりに「本人の意思に反し」という文言を使うことになり、建設許可が出ました。
姜昌一大使は除幕式で、「韓国人のための慰霊碑の建立が、ややもすると韓日間の政治問題に飛び火するのではないかと心配する声もあるが、平和公園には、中国人などほかの国の犠牲者を追悼する碑はある。これまで韓国人犠牲者を追悼する碑がなかったことを、日本は考える必要があるのではないか」と話しました。
公明党の長崎市議会代表の向山議員は、「原爆で亡くなった韓国人犠牲者、祖国を懐かしみ、家族を案じながら亡くなった方々の魂に謹んで追悼の意を表す。平和の尊さと戦争の悲惨さを次の世代に伝えていかなければならない」と語りました。
除幕式に続いて、平和公園の原爆資料館では慰霊祭が行われました。