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ピープル

映画美術監督、リュ・ソンヒ

2016-06-21

韓国で、現在上映中のパク・チャヌク監督の映画「アガシ=お嬢さん」。映画「アガシ」は、1930年代、日本による植民地支配時代の韓国を背景に、莫大な財産を相続することになった貴族のお嬢さん=アガシと、その財産を狙う伯爵、伯爵に雇われてメイドとなった少女、そして野望を秘めたアガシの後見人など、4人の人物をめぐる物語です。 映画「アガシ」は第69回カンヌ国際映画祭のフィルムマーケットで世界176カ国への輸出が決定、韓国映画最多販売の記録を塗り替えました。また、美術監督のリュ・ソンヒさんが韓国人としては初めて、バルカン賞を受賞します。バルカン賞は、カンヌ映画祭に出品された作品の中で、美術、撮影、音楽、音響、などの分野で優れた技術をみせた専門家に与えられる賞です。毎年、さまざまな分野から一人のアーティストを選定するので、美術監督がバルカン賞を受賞したのは十数年ぶりのことでした。

今年、48歳になるリュ・ソンヒさんが美術監督として韓国映画界にデビューしたのは、今から16年前のことでした。当時、韓国では美術監督は専門的な分野として認められていませんでした。そんな中で、リュ・ソンヒさんは「殺人の追憶」「オールドボーイ」「暗殺」「国際市場」などさまざまな映画制作に参加し、美術監督の役割を印象づけていったのです。



リュ・ソンヒさんは大学で陶芸を専攻しました。大学を卒業した彼女は陶芸家として活動し始めます。常々、陶芸という芸術を通じて多くの人とコミュニケーションしたいと思っていたのですが、実際には展示場を訪れたごく少数の人としか交流できませんでした。陶芸を通じた大衆とのコミュニケーションに限界を感じたリュ・ソンヒさんは、1995年、アメリカへの留学を決心します。アメリカで映画研究所への進学を準備している友人と知り合います。そして、映画制作に興味を持っていたリュ・ソンヒさんは友人といっしょにアメリカ映画研究所に入り、映画美術について学ぶことにします。AFI=アメリカ映画研究所は理論を教える学校ではなく、実際に映画を制作しながらノウハウを学べる学校です。

アメリカから帰国したリュ・ソンヒさんはフォトフォリオを手に、映画制作会社を回ります。ところが、アメリカでの留学経験は役に立ちませんでした。それどころか、韓国映画での現場経験がないということで却ってマイナスの要因となりました。やっとのことで参加することになった最初の作品は短編映画「コッソム=花の島」でした。それぞれの傷を抱いた3人の女性が悲しみを忘れさせてくれるという未知の世界「コッソム」へ向かう道程を描いた芸術映画で、静かで、情緒的な映像が印象的な作品でした。

大衆とコミュニケーションするために映画界に飛び込むことにした彼女は、2002年、映画「血も涙もなく」を通じて本格的に商業映画のプロダクション・デザイナー、美術監督として活動するようになります。映画「血も涙もなく」は、それまで別のチームに分かれていた美術、小道具、メーク、セットチームを一つに統合し、美術監督、リュ・ソンヒさんが指揮を取りました。映画「血も涙もなく」はヒットし、韓国映画界で美術監督、リュ・ソンヒさんの実力が認められるきっかけとなりました。そして、カンヌ映画祭バルカン賞を受賞した映画「アガシ」は、美術監督、リュ・ソンヒさんがその存在感を大きくアピールする作品の一つとなりました。

美術監督、リュ・ソンヒさんにとって撮影用のセットや小道具は登場人物と同じくらい大きな存在です。ストーリーに溶け込んだセットや小道具は映画を観る観客だけではなく、演技をする俳優を映画に没頭させることができるのです。

「果敢に、しかし優雅に」という言葉を胸に、新しい挑戦を恐れず活動している美術監督、リュ・ソンヒさんは、自分の活動が映画制作の裏方、技術スタッフを目指す若者たちを勇気づけるきっかけとなることを願っています。

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