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旅行

韓国を守るために命を捧げた人たちが眠っている国立ソウル顕忠院

2011-06-07

韓国を守るために命を捧げた人たちが眠っている国立ソウル顕忠院

韓国では韓国戦争が起きた6月は、国を守るために命を落とした人たちを記念する月です。そんな6月にぴったりのスポットをご紹介しましょう。ソウル銅雀区(トンジャック)、地下鉄4号線と9号線、銅雀(トンジャク)駅から歩いて5分ほどの道路沿いにある国立ソウル顕忠院(ヒョンチュンウォン)です。ここ顕忠院は国のために命を捧げた軍人、警官、消防士、政治家など国の英雄が眠っている国立墓地です。

国立ソウル顕忠院全体の敷地は143万平方メートル、東京ドームの建物が30個は入る広さで、その4分の1が墓地となっています。韓国政府を樹立する過程、また、その直後の混沌としていた時代、韓国では反乱事件などが起きてたくさんの軍人が命を落としました。彼らの位牌はソウルの南山(ナムサン)のふもと、奨忠壇(チャンチュンダン)公園にある奨忠祠(チャンチュンサ)に祭られました。その後、1950年に勃発した韓国戦争でも大勢が亡くなり、多くの軍人の位牌が釜山(プサン)の梵魚寺(ポモサ)など、お寺に祭られました。その後、少し落ち着いてから、韓国戦争で犠牲になった軍人のための墓地を作るべきだという意見が出され、初代大統領、李承晩(イ・スンマン)大統領が国軍墓地に適した場所を探しまわった結果、現在の顕忠院の位置が選ばれました。

1955年、韓国戦争で命を落とした軍人のために作られたこの国軍墓地には、その後、韓国の独立を叫びながら亡くなった人たちのための墓地も作られ、1965年に国立墓地となり、2006年、整備工事を経て現在の国立ソウル顕忠院となったのです。現在、国立ソウル顕忠院には16万9千人が眠っています。このうち、埋葬されているのは遺骸のある5万4千4百44人で、韓国戦争などで命を落とし、遺骸もない人たちは位牌がまつられています。

国立ソウル顕忠院の正門を通ると、正面に忠誠噴水塔と呼ばれる噴水が見えます。自由と平和を表す月桂樹の葉と松明を手にした男女が韓国の国旗、太極旗を掲げ、その下の方には国と国民を守る陸・海・空軍、海兵隊、そして予備軍など6人の軍人の像が設置されています。この噴水は国を守るために命を捧げた人たちの精神を称えるためのものです。噴水塔を通って、青い瓦葺きの屋根が印象的な顕忠門をくぐって50メートルほど歩いていくと顕忠院のシンボル、顕忠塔があります。顕忠塔の中には韓国戦争で亡くなった軍人の階級と名前が刻み込まれた石碑と最後まで身元が分からなかった6千900人あまりの軍人の遺骨がまつられています。

位牌が祭られている部屋を出て、墓地の方に行ってみましょう。ほのかにアカシアの花の香りがただよう墓地にはたくさんの墓碑が並んでいます。日本による植民地時代に韓国の独立を叫び、命を落とした214人が眠っている愛国者の墓域、国家元首の墓域などがあります。

顕忠院にあるのはお墓だけではありません。ここに眠っている人たちの写真と遺品が展示されている建物もあります。韓国の近代史における大きな事件を10年単位でまとめて、写真や映像などで紹介しているため、当時の様子を生々しく感じることができます。

国立ソウル顕忠院は遺族のためだけの空間ではありません。植民支配に立ち向かった独立運動、一つの国が南北に分かれて熾烈な戦いを繰り広げた韓国戦争、民主主義を守るために多くの若者が命を落としたベトナム戦争など、激変の時代を歩んだ韓国の近代史を知り、国を守るために散っていった命を慰めるための空間なのです。

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