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文化

小説『ロ・ギワンに会った』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2024-04-17

玄海灘に立つ虹


本日ご紹介する本は、チョ・ヘジンの小説『ロ・ギワンに会った』です。ソン・ジュンギ主演の映画『ロ・ギワン』が3月にネットフリックスで公開され、日本でも見たという方がたくさんいると思いますが、その原作の小説です。小説は2011年に出ていて、日本でも翻訳出版されています。翻訳は、KBS日本語放送「玄海灘に立つ虹」火曜日担当の浅田絵美さんが担当しました。ロ・ギワンは脱北者で、北韓から中国を経てベルギーに逃げた男性なのですが、私は映画を試写会で見てすごくリアルな描写に驚いて、原作に興味を持ちました。小説を読んでみると、小説の主人公はロ・ギワンじゃなく、韓国人女性でした。

主人公の女性は放送作家で、ロ・ギワンの足跡をたどってベルギーへ向かいます。ロ・ギワンの日記など資料をもとに、ロ・ギワンが行った場所に実際に行ってみて、ロ・ギワンがそこで何をして何を思ったかを想像するという内容でした。
それは現実逃避の旅でもありました。病気の少女ユンジュのドキュメンタリー番組を撮っていて、自分のせいでユンジュの人生を台無しにしてしまったかもしれないという罪悪感に襲われ、逃げるようにベルギーへ飛びます。ロ・ギワンについての記事を読んだことがベルギーへ向かったきっかけではありましたが、海外で別人の人生に思いを巡らせることで自身の韓国での出来事をしばし忘れたいという気持ちもあったようです。

脱北者という本題とは離れますが、この主人公の放送作家としての苦労も印象的でした。というのも、私自身、韓国のテレビに出演しながら、放送作家とやり取りすることが多く、収録日の前日夕方に台本が送られてきて、当日の朝修正版が来ることが多いんですね。徹夜したんだなと思って聞いてみると、案の定「収録前日の睡眠は贅沢です」と苦笑いしながら答えるので、ああ、ほんとに大変だなと思っていました。そういう苦労が小説にもありありと書かれていて、私の知る放送作家たちの顔が浮かびました。
そんな中で起きた不幸は、視聴率のために放送日を遅らせたがために、ユンジュの病状が致命的に悪化したということで、因果関係ははっきりは分からないんですが、主人公は重い責任を感じます。番組は様々な困難に陥った人のドキュメンタリーを通して寄付を募るというものだったので、人助けのための番組を作りながら、逆の結果を生んでしまい、その矛盾に耐えきれなくなります。

これは映画にも出てきましたが、ロ・ギワンはベルギーで難民申請を試みます。ところが、ロ・ギワンが北朝鮮から来たという証拠がないと言って認めてもらえません。このあたりが日本の観客・読者には分かりにくいところかなと思うんですが、ロ・ギワンは中国を経てベルギーへ来たと言いましたが、具体的には中国の朝鮮族自治州で、中国だけども朝鮮語が使われている地域です。脱北者なのか、中国の朝鮮族自治州出身者なのか、見分けがつかないということです。これは実際に私が会った脱北者も同じ疑いをかけられたという話をしていました。朝鮮族なのに脱北者のふりをして難民の地位を得ようとする人がけっこういるみたいです。

ⓒ NETFLIX
ロ・ギワンのお母さんは、北韓から脱出する時に北朝鮮の身分証はすべて捨ててしまったんですね。ロ・ギワンはお母さんが中国で亡くなったのがきっかけでベルギーに来たのですが、身分証もなく、難民としても認められないと、食べていくことすら難しい。ロ・ギワンが孤独に泣く姿を想像しながら、主人公はユンジュが泣く姿を思い浮かべます。結局現実逃避でベルギーに来ても、頭の中の半分はユンジュのことです。

日本は特に難民認定が厳しい国ですが、もちろん難民に税金を使うので簡単に認められないのも分かりますが、それによって命を落とす人がいるかもしれないと思うと、簡単に拒まないでほしいとも思います。『ロ・ギワンに会った』は、ロ・ギワンという脱北者について知ろうとする韓国人女性の目を通して、脱北者を含む難民について考えさせる小説でもありました。私自身は新聞記者として難民の取材をしたことがあり、命からがら逃げて来た人ほど、難民を証明する資料を持っていないという矛盾を感じていたので、小説や映画として、そういう現実にも目を向ける機会になればなと思いました。映画はラブストーリーが中心になっていましたが、小説はまたかなり違ったテイストなので、ぜひどっちも味わってみてほしいと思います。

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