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ピープル

“時代が変わっても人・物の流れは止まらない” ~関釜/釜関フェリーは今~

2013-08-26

8月の「見た!韓国の素顔」は、韓国の釜山と日本の下関を結び、人そして物を運び続け
ている、フェリーの素顔に迫ります。
関釜フェリーソウル駐在員事務所の江熊俊和さんへのインタビューを通して、玄界灘を挟
んだ韓日交流を見つめます。 

釜山と下関を結ぶ航路の歩み 

1905年、関釜連絡船が就航
終戦とともに休止
1970年に関釜・釜関フェリー再開
現在2隻のフェリーで、毎日1往復運航

江熊俊和さんのプロフィール

1975年下関生まれ
1998年に入社、日本国内の航路で勤務
2011年から関釜フェリーソウル事務所勤務
                                              
国際交流は“Respect”が大切


関釜・釜関フェリーの果たしてきた役割は・・・

「やはり一番重要だったのは、人の交流、人流。それとともに、経済の発展のための物流。
今の日本と韓国の関係をつくるのにすくなからず、貢献できたと思う」                               

「ぽったりさん(荷物を運ぶ人たち)」は今・・・

「戦後の物不足の時代、物々交換のために韓国と日本を行き来し始めた人たち。今でも 30~40人が毎日乗っています。                           
今は、韓国の野菜や化粧品を日本荷運び、帰りには日本からおいしい食料品など運ぶ。年齢は、70代後半から80代、ハルモニ、ハラボジで、今でも元気に乗っているのをみると、元気をもらう」   

乗客数は?

「2010年は年間24万人でピーク。韓日関係の悪化や福島の原発事故などで、減少へ。
毎年のように、教科書問題、靖国、独島問題が起き、乗客が増減するのを目の当たりにし、
私としては、政治に左右されてほしくない」

8月中旬の下関発フェリーでは・・・

「 日韓関係が悪化しているが、日本や韓国の学生が大勢乗っていて、実際関係ないなって思った。実際に動いているものは、影響されず。みんな笑顔だったので安心した。韓日関係は大丈夫と実感・・・・ 」  

国際交流は“Respect”が大切


フェリーの将来は・・・                                                 
「今は、パスポートを持って行き来しているが、隣の町へ行く感じで、短パン、Tシャツ、ぞう
りで船に乗って、焼肉、すしを食べに行く、気軽に行ける国同士になって欲しい。
人と物を運んでいるが、韓日の心も運んでいると思う。いがみあうこともあるが、それを超
える熱い思いを運んでいる!」

江熊さんのメッセージは・・・

「時代が変わっても、人・物の流れは止まらない」

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