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文化

小説『愛のあとにくるもの』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2024-05-15

玄海灘に立つ虹


先日、映画『マイ・スイート・ハニー』についてお話したんですが、弘岡篤さんからのお便りで、「カメオ出演とはどういう意味ですか? 大物俳優がちょい役で出演することでしょうか?」という質問をいただいたんですが、その通りです。大物俳優とは限らないですが、例えば監督がちょっとだけ出演したり、ということもあります。日本よりも韓国の映画やドラマで多い気がします。

本日ご紹介する小説は、孔枝泳(コン・ジヨン)と辻仁成の『愛のあとにくるもの』です。同じタイトルですが、本は2冊。一つの物語をコン・ジヨンが女性主人公の立場から、辻仁成が男性主人公の立場から書いた恋愛小説です。坂口健太郎、イ・セヨン主演で韓国でドラマ化されるというので、原作を読んでみました。私はいずれも韓国語版で読んだのですが、日本語版も出ています。
もともとハンギョレ新聞の企画だったそうで、新聞連載を経て韓国で2005年に出版されました。2005年は日韓国交正常化40年のタイミングで、日韓友好の意味が込められた企画だったようです。2人であらすじを練ったうえで、メールで詳細をつめながら執筆したそうです。

コン・ジヨンさんといえば『トガニ』『私たちの幸せな時間』など映画化された小説も多く、日本でもよく知られた作家です。辻仁成さんも、映画化された『冷静と情熱のあいだ』で韓国でよく知られていますが、これもそういえば江國香織さんと同じ物語を女性の視点、男性の視点でそれぞれ描いた小説だったので、『愛のあとにくるもの』はこの日韓バージョンということですね。

ⓒ Getty Images Bank
私はコン・ジヨンさんの書いた方から読んだんですが、主人公は29歳の韓国人女性で、崔紅(チェ・ホン)です。来韓した日本人作家の通訳を担当するのですが、その作家が、元恋人の潤吾でした。ホンが東京へ留学した時に付き合っていたんですが、作家名がペンネームだったので顔を合わせるまで気づかなかったんですね。7年ぶりの再会でした。再会した2人の話と、2人がどう出会い別れたか、別れた後の話が展開します。
一方の辻仁成さんの書いた方では、潤吾が主人公です。ホンの視点で先に読んだので、潤吾の視点ではまた全然違っていて、ちょっと戸惑いました。
コン・ジヨンさんの描くホンは、潤吾と出会った時には潤吾のことで頭がいっぱいなんですが、辻仁成さんの描く潤吾は、ホンと出会った頃、別れた彼女のことが頭の片隅にあって、失恋の痛みからホンが立ち直らせてくれたと言うんですね。2冊を読み比べて2人の温度差を感じました。

おもしろいのは、潤吾の書いた小説が、ホンをモデルにしているということです。潤吾がソウルでインタビューを受けて、それをホンが通訳するんですが、通訳している内容が自分のことだと気付きます。通訳者が小説のモデルだということは、もちろん質問している記者には分からないんで、記者は「今回の滞在中にその人と会うつもりですか」と尋ねたりします。自分をモデルにした小説が出ていたことをインタビューを通訳しながら知るという、なかなかない体験ですよね。

日韓の男女の交際なので、日韓の違いも見えてくるんですが、2人が東京で付き合っていた頃、潤吾は大学生で、学費のためにアルバイトに明け暮れていました。それがホンには理解できない。学費は親が出すものじゃないのか、と。これ、私も感じてましたが、日本では周りで学費や生活費のためにバイトしている学生がたくさんいましたが、韓国ではバイトしている学生が少ないですよね。大学までは面倒を見るという親が日本に比べて多いようです。
コン・ジヨン版にも辻仁成版にも尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩が登場するのも興味深かったです。尹東柱も日本に留学していたので、ホンは自分の心情と重なるところがあったのだと思います。ホンが潤吾のために尹東柱の日本語版の詩集を買ってくるんですが、潤吾はバイトで忙しくて読めない。ホンと別れてからようやく読むようになって、潤吾も尹東柱の詩が好きになる、というふうで、私も尹東柱のファンなんですが、やっぱり日韓をつなぐ詩人なんだなと改めて思いました。

タイトルにある通り、別れてからがメインです。一緒にいた頃には向き合わなかったことに、別れて一人になってから向き合う。その一つは潤吾にとっては尹東柱の詩でした。一緒にいる時ほど、お互いをちゃんと見ていない、相手の話をしっかり聞いていない、ということは確かにありますよね。別れてから、あの時あんなこと言ってたなとか、あんな表情してたなとか考え始める、そんな2人が描かれていました。
ドラマは韓国ではクーパンプレイで配信されるそうなんですが、坂口健太郎も出ているので、日本でもどこかで見られるだろうと思います。どう映像化されるのか、楽しみに待っていたいと思います。

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