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文化

セウォル号の沈没事故が広げる韓国社会の波紋

2014-05-13

2014年4月16日。韓半島の南、全羅南道(チョルラナムド)珍島(チンド)の沖合で済州島(チェジュド)に向かっていた大型旅客船、セウォル号が沈没しました。多くの犠牲者を出したこの事故で、韓国は、今、深い悲しみに包まれています。

セウォル号には、済州島への修学旅行に向かう安山(アンサン)壇園(タンウォン)高校の2年生の生徒たちが大勢乗っていました。事故の知らせを聞いた保護者たちは信じられない気持ちで学校に駆けつけました。セウォル号沈没のニュースに胸を痛めたのは保護者だけではありませんでした。韓国全体が強い怒りとともに、深い悲しみに打ちひしがれています。



人々の切実な願いと懸命な救助活動にも関わらず、時間の経過とともに、死者の数が増えていきました。乗客の数、行方不明者、救助者の名簿は何度も修正発表され、家族の不安と怒りは募るばかりでした。誤った情報と増える一方の死者の数に、
行方不明者の家族が集まる珍島の室内体育館は言いようのない悲しみに包まれていきます。

大きな事故に直面した人たちはじっとしていることもできず、セウォル号沈没事故の現場に近い港、珍島の彭木(ペンモク)港に向かいました。珍島に集まった家族のために、食事や掃除、洗濯、医療奉仕などの支援の手が全国各地から差し伸べられました。しかし、家族の悲しみをいやすことはできません。

現在、全国各地に設置された141カ所の合同焼香所にはこれまでに170万人あまりの弔問客が訪れ、セウォル号沈没事故の犠牲者に花を手向けました。合同焼香所の前に設置された追悼の壁には世界各国から送られてきた追悼と応援の手紙や行方不明者の帰りを待つ黄色いリボンが結ばれています。



セウォル号沈没事故から1ヶ月あまりが経ちましたが、大きな衝撃を受けた韓国社会は深い悲しみとトラウマから抜け出せません。古くから韓国は集団意識が強く、現在、社会全体に重度の心的外傷、トラウマ症状が現れているといえます。大きな事故に対応する未熟なシステムや増えていく死者の数など、悲しいニュースが国民に集団トラウマを拡散しているのです。犠牲者の家族はもちろん、船から脱出した生存者も、海にもぐって捜索作業を続ける救助隊も、そして、ニュースを見ながら涙を流す人たちも、心理的な衝撃から抜け出すことができずにいるのです。

韓国の人たちは、今、奇跡を願うロウソクを灯し、黄色いリボンを胸に、共に苦しみ、共に悲しんでいます。この悲しさが癒されるには長い時間がかかるかも知れません。

韓国の人たちは、この悔やみと悲しみの涙を韓国社会全体を変えていく原動力にしながら、二度とセウォル号沈没事故のような惨事が起きないよう願っています。

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