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ピープル

ヴァイオリニスト、シン・ジア

2016-02-23

1987年生まれのヴァイオリニスト、シン・ジアさん。4歳の時にヴァイオリンを習いはじめたシン・ジアさんは、子どもの頃から各種のコンクールで優賞するなど才能を見せ、1996年、高校1年生の時に韓国芸術総合学校に入学しました。そして、2008年には世界的なフランスのロン・ティボー国際コンクールヴァイオリン部門で1位、2012年にはベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールヴァイオリン部門で3位に入賞します。留学経験のないシン・ジアさんが世界的なコンクールでみせた力は、韓国だけではなく世界を驚かせました。一方、より多くの人にクラシック音楽の魅力を知ってもらいたいと願うシン・ジアさんは、テレビの音楽番組の司会を務め、ジャズや映画音楽の演奏などの活動もしています。



シン・ジアさんは4歳の時からヴァイオリンを始めますが、それはとても不思議な練習風景でした。子どもたちはヴァイオリンがどんな楽器なのか分かりません。おもちゃのように投げてしまう可能性もあるので、最初はホンモノのヴァイオリンではなく、お菓子の箱に定規をくっつけた模型を使ってヴァイオリンをあごにつける練習から始めました。弓の握り方は工作の時間に使うきびがらで習っていました。4歳のシン・ジアさんにとってヴァイオリンは音の出る面白いおもちゃでした。しかし、何かを始めたら、最善を尽くし、最後までやり遂げるべきだという母親の考えで、ヴァイオリンを続けていったのです。そして、お菓子の箱がホンモノのヴァイオリンに変わった時から、シン・ジアさんにとって、ヴァイオリンはおもちゃではなく、目標となりました。

小学校に入ってからは、毎朝、学校に行く前に1時間、ヴァイオリンを弾かなければなりませんでした。母親は教育に関してはとても厳しく、学校から帰ると、寝る時間までヴァイオリンの練習をしていました。指の骨にひびが入った時も、シン・ジアさんはヴァイオリンのレッスンを休みませんでした。その後遺症で、今も左手の小指が少し曲がっていますが、シン・ジアさんから厳しかった母親を恨む気持ちは感じられません。彼女はこころからヴァイオリンを楽しんでいたのです。



ヴァイオリニスト、シン・ジアさんの人生に大きな影響を及ぼした人物は、母親だけではありませんでした。シン・ジアさんにヴァイオリニストへの道を開いてくれたもう一人は、韓国芸術総合学校のキム・ナミュン教授でした。小学校4年生の時から毎週土曜日、シン・ジアさんにヴァイオリンを教えていたキム・ナミュン教授は、弟子シン・ジアさんの家が経済的に子どもたちに音楽を習わせられる状態ではないと知った時から無料で教えました。また、安物のヴァイオリンでコンクールに出場していたシン・ジアさんに、音楽家にとって命のような楽器を貸してくれました。お菓子の箱で作ったヴァイオリンで基本を習い、安物の楽器で技を磨き、師匠のヴァイオリンで舞台に上ったシン・ジアさんには、いつでも最高の演奏をしてみせるという度胸と自信がついたのです。シン・ジアさんの努力と度胸は世界的な舞台でも通じました。



2012年、子どもの頃からの目標だったエリザベート王妃国際音楽コンクール3位入賞を最後に、シン・ジアさんのコンクールが終わります。シン・ジアさんの中に、より多くの舞台で、より多くの人とヴァイオリンの魅力、音楽の楽しさを分かち合いたいと思う気持ちが強くなったのです。わざと伝統クラシックと距離をおいているのではないかという声も一部にはありますが、音楽に対するシン・ジアさんの情熱は一度も冷めたことがありません。冷めるどころか、以前にも増して、音楽の解釈に時間と努力を費やしています。クラシックは難しい音楽ではなく、さまざまな感情が凝縮された音楽だと伝えたいのです。

シン・ジアさんは音楽、ヴァイオリンを学び続け、大衆とコミュニケーションしながら前進することが今の自分に与えられた役割だと思っているのです。

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