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文化

小説『大仏ホテルの幽霊』

#成川彩の優雅なソウル生活 l 2023-12-21

玄海灘に立つ虹


〇本日ご紹介する本は、カン・ファギルの小説『大仏ホテルの幽霊』です。韓国では2021年に出版されたのですが、日本でも最近翻訳版が出ました。私自身は、仁川に実際にある「大仏ホテル展示館」に行ったことがあって、それでタイトルに惹かれて読みました。仁川のチャイナタウンの近くに近代建築が並んだ地区があるのですが、その一角にあります。その大仏ホテルの話ですかと聞かれると、そうとも言えるしそうでないとも言える。それがこの小説の魅力だと思います。プロローグで著者が小説について語っていると思って読んでいたら、いつの間にか小説が始まっている、という不思議な感じで、現実と虚構の境界がどこか曖昧です。

ⓒ INCHEON JUNG-GU CULTURAL FOUNDATION
〇まず実在した大仏ホテルについて先に紹介すると、もともとは1888年に建てられた韓国初の西洋式ホテルで、1970年代に撤去されたんですが、近年再現されて2018年に大仏ホテル展示館としてオープンしました。大仏ホテルを含む仁川の歴史がわかる展示となっていて、この大仏ホテルを建てたのは日本人の堀久太郎という人で、耳が大仏みたいだったから、「大仏さん」と呼ばれ、それでホテルの名前が大仏ホテルとなったようです。当初は仁川が港町として開港して間もない時期で、外国人の宿泊施設として繁盛しました。その後1918年に中国人がこの大仏ホテルを買い取って、中華楼という中華料理店を開業し、1970年代までこの建物で営業していたそうです。ちなみに中華楼は別の建物に移って、今も仁川で営業している中華の老舗です。

ⓒ INCHEON JUNG-GU CULTURAL FOUNDATION
〇カン・ファギルさんのインタビューによると、もともと近代建築が好きで大仏ホテル展示館を訪れ、大仏ホテルの歴史について知ったのがこの小説を書いたきっかけだそうです。日本人が建てた西洋式ホテルという点、外国人宿泊客で一時にぎわったが、鉄道ができたために仁川に宿泊する外国人が減ってホテルは廃業、その後中華料理店になった点に興味を持ったそうです。激動の時代に翻弄された建物とも言えそうです。幽霊がいてもおかしくない気がします。
成川さんが展示館に行かれた時、このような激動の歴史が再現されていると感じられましたか? 展示館での見どころなども このあたりで教えていただければ・・・

〇ここからはフィクション。第一部の語り手は現代の女性小説家です。名前は出てこず、’私’とだけ出てくるので、カン・ファギルさんが語り手のように感じられます。大仏ホテルにまつわる部分にポイントをしぼって言えば、’私’の母の親友、ボエおばさんのお父さんが中国人で、大仏ホテル、厳密には中華楼で働く料理人でした。
’私’はボエおばさんの息子ジンと一緒に大仏ホテル跡を訪れるのですが、立ち入り禁止のはずの跡地に女性が立っているのを目撃します。緑のジャケットを着た女性…がいたのですが、いつの間にか消えている。ジンに緑のジャケットを着た女性を見たと言うと、ジンはおばあさん(ボエおばさんのお母さん)から、緑のジャケットがよく似合うヨンジュという女性について聞いたことがあると言います。その女性のことが気になる’私’は、ジンに頼んでおばあさんに会いに行き、大仏ホテルにまつわる怪談を聞きます。

〇第二部は1950年代が背景で、語り手はヨンヒョンという女性にバトンタッチします。ヨンヒョンは、朝鮮戦争の爆撃で家族を亡くし、親戚の家に身を寄せて肩身の狭い思いをしていたところ、大仏ホテルの管理を担当するヨンジュの誘いで、共に大仏ホテルで働くことになります。緑のジャケットがよく似合うヨンジュですね。美しい女性だったようです。当時の大仏ホテルは3階部分だけで、下は中華楼。ヨンジュを襲おうとした男たちがことごとくケガを負うなど、奇怪な出来事が次々に起きるんですが、それよりも私が印象的だったのは、中華楼に石を投げつけて窓ガラスを割る人たちがいたことで、朝鮮戦争の後なので、中華楼は敵だった中国の象徴として憎悪の対象になっていたんですね。実際にも石を投げるような出来事があったのかは分からないですが、当時韓国に暮らす中国人は居心地が悪かっただろうなと想像します。この小説はそのような憎しみ、恨みなどが根底にあり、それがある意味「幽霊」とも言えます。

〇大仏ホテルの長期宿泊客として、女性作家が登場するんですが、その名もシャーリイ・ジャクスン。実在した米国の作家の名前で、大仏ホテルに滞在しながらホラー小説を書いているという設定。著者のカン・ファギルさんがシャーリイ・ジャクスンのファンだそうです。さらに、ヨンジュが’見える’という女性の名前はエミリー・ブロンテ。これまた実在したイギリスの小説家の名前で、ヨンジュはエミリー・ブロンテという名前の女性の幽霊が大仏ホテルにいると、言います。大仏ホテルも中華楼も実在した名前で、実在した人物名まで登場するので、小説なのにとこか現実とつながっているような妙な気分になります。
私は逆の順序でしたが、ぜひ小説『大仏ホテルの幽霊』の不思議な世界を味わって、現実に仁川に再現された大仏ホテル展示館も訪れてみてほしいなと思います。

ⓒ INCHEON JUNG-GU CULTURAL FOUNDATION
小説を読んだ後に 展示館へ行く人のために、
“小説のなかの このエピソードを憶えていたら、さらに楽しめる”・・・というような
ポイントはありましたか?(小説と現実がリンクするような感覚があるようなので・・・)

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