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3月1日オープンの大韓民国臨時政府記念館。文在寅大統領は任期最後となる3.1独立運動記念日の演説をこの「歴史の波」と題された壁の前で行った。記念館の建設は5年前就任の年の光復節の演説で約束し、2年前の臨時政府樹立101周年記念式典は起工式を兼ねて行われた。文政権にとってそれだけこだわりの記念館だった。

大韓民国臨時政府は、1919年3.1独立運動の翌月、海外で活動する独立運動家らが上海に集まり結成した亡命政府。韓国の憲法前文には「3・1運動で建立された大韓民国臨時政府の法統を継承する」と明記している。文政権は1919年を韓国の「建国の年」と主張し、論争を巻き起こしたことがあった。


展示コーナーの最初には、韓人愛国団を結成した金九主席が書いた『屠倭實記』と抗日義士が韓人愛国団あてに書いた宣誓文が展示されている。抗日義士たちが起した「義挙」を指示した主犯として金九主席が日本の官憲の追及を受けたことで、臨時政府は上海を離れ、その後8年間にわたって中国各地を流転することになる。


臨時政府が拠点を置いた上海(1919~32年・左)と重慶(1940~45年・右)の建物跡。重慶に落ち着くまで臨時政府は長沙や広州など中国南部の都市10か所以上を転々とした。この間、抗日統一戦線を結成するために、海外各地で活動する独立運動勢力や各政党の代表を集め、統合の話し合いが進められた。


1945年11月金九主席が重慶より帰国。帰国を前に「臨時政府の当面政策」として発表した「国内外の同胞に告げる」は、記念館の中でもっと大きく展示されている。文大統領は2020年の光復節の演説で「分断による未完の光復を韓半島の統一で完成させようとした金九先生の夢残された人々の課題となった」と述べた。


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