概要
日時と場所 |
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各国代表 |
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結果
- 共同文書採択をめぐって13日間交渉が続いたが、「核の平和利用」について米朝が対立し、共同文書の採択は保留。
- 議長声明で3週間の休会を決定。
韓半島の非核化で6カ国の認識が一致し、実質的な協議が進められ、相互理解を増進。 休会期間中に本国に戻って立場を整理し、2国間または多国間の接触を進め、29日に始まる週に協議を再開することで合意。
主な争点 - 北韓の核の平和利用が争点として浮上。
北韓、核の平和利用の権利は放棄しない。
- 北韓は「核の平和利用の権利」は、すべての主権国家が持つ当然の権利だと主張し、軽水炉事業は放棄できないという立場を固守した。
※ 北韓の白南淳(ペク・ナムスン)外相がラオスで開かれたARF外相会議で、NPTに復帰する用意があると発言したのは、「核の平和利用」を明記したNPTの条項を念頭に置いたものとみられる。 - 金桂冠外務次官は、休会期間中にアメリカが「北韓にいかなる核も持たせない」という政策を変えるよう求めた。
アメリカ、「軽水炉は絶対不可」、「すべての核を放棄すべき」と主張。
- アメリカは、北韓が1994年のジュネーブ合意を一方的に破棄したこと、軽水炉を核兵器製造に利用することができることなどを指摘し、軽水炉事業が破棄されるべきだと主張。
- したがって、先にすべての種類の核を放棄し、NPTに復帰するなど、国際的規準を順守することを要求。
- ヒル次官補は、「北韓の代表が平壌に戻って軽水炉は対話の対象ではないことを説明し、要求を撤回する」ようも求めた。
韓国と中国の仲裁努力。
- 中国:「NPTの権利と義務の順守」という仲裁案を示すが、北韓が拒否。
- 韓国:「NPTの核の平和利用に関する権利と義務」という仲裁案を提示。アメリカが拒否。
※ 韓国は軽水炉事業に反対するアメリカの立場を反映させると同時に北韓のエネルギー需要を充足するため、北韓に電力を供給する方法を提案したことがある。
評価
もっとも長く続いた協議。共同文書採択に向けた努力。
- 6カ国協議が13カ月も開かれずにいたこともあって、関係各国はさらに真しな態度で協議に臨み、具体的な成果を出すために努力した。
- 当初、高濃縮ウランや軍縮、人権、ミサイルなど、多様な争点が表面化するのではないかと憂慮されたが、アメリカと北韓はこうした問題について原則的な言及にとどまり、具体的成果を出そうと実務的に協議に臨んだ。
※ ただ日本は「拉致とミサイル問題」を取り上げるべきだと主張した。 - 4日間という協議日程の慣習を破って、13日間にわたって2国間、多国間の接触が続いた。
米朝間の協議が進展、相互理解が促進された。
- 関係各国は13日間にわたってさまざまな意見を交換し、一定の部分では歩み寄りをみせた。中でもアメリカと北韓は10回にわたって2国間の接触を行った。単純な接触ではなく、実質的な協議を進める段階に発展した。
- 核の平和的利用という壁にぶつかったものの、協議の過程でアメリカは北韓が核を放棄する用意があることを確認し、北韓は柔軟になったアメリカの態度を確認するとともに、アメリカから2国間協議を通じて米朝関係正常化に向けた話し合いを進めるという約束を取り付けることができた。
※ 韓国は米朝間の意見交換の過程で重要な役割を果たし、壁にぶつかった際は韓国と北韓、アメリカの3カ国による協議を行い、仲裁者の役割を果たした。
休会を通じて継続性を維持
- 「議長声明」より一段階上の関係各国の合意を盛り込んだ「共同文書」を採択すべく努力したが、「核の平和利用」が問題となって、「共同文書」の採択に失敗。
- 協議を終了することなく休会制度を導入し、「原則と目標を盛り込んだ共同文書」を採択して、進展への土台を作るという目標を設定。
「韓半島の非核化」などの原則にほぼ合意。
- 関係各国が非核化の認識を共有し、北韓は核放棄の意思があると表明。 他の国は北韓に対する電力の支援など見返り措置を取ることにした。 また、アメリカと北韓が関係正常化について前向きな意思を表明した。
- 議長国の中国が4回にわたって共同文書の草案をまとめたが、その中には北韓への電力支援や見返り措置をはじめ原則的なレベルではあるものの「韓半島の平和体制構築」の条項も盛り込まれ、停戦協定を平和協定に転換する問題について論議する基盤が作られた。 ※ 中国がまとめた共同文書の草案は、1992年に南北間で採択された「韓半島非核化宣言」を基礎にしていた。